思い出オークション

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その夜、さっそくオークションサイトにアクセスしてみた。 「へぇ……」 たしかに、そこにはいろいろな思い出が出品されていた。 「彼女の浮気」「彼からの暴言」──なるほど、どれも消し去りたい思い出だ。 さらに検索すると、恋愛以外の思い出が出てきた。 「大逆転で負けた試合」「親友とのケンカ」「失敗した就活での面接」── 意外だったのは「嫌な思い出」ばかりでなく「幸せな思い出」も出品されていることだ。 むしろ、こっちのほうが高値で取引されそうなのに── 一瞬そう思ったが、よくよく考えてみれば、しょせんはすべて「過去の出来事」だ。「幸せだった記憶」など、手にいれたところで虚しさが募るだけなのかもしれない。 (そう考えると「嫌な思い出」のほうが需要があるのかも) 現在の幸せをより噛みしめるために。 あるいは、幸せを掴み取るための発憤材料とするために。 けれども、カナにとって「元カレとの思い出」は、捨て去ることのできないただの不燃ゴミだ。 (あいつとの思い出は、マコトとの幸せを濁らせるだけだもの) 憎しみと憤りをもたらすだけの「過去」は、やはり手放すべきなのだ。 カナは、利用規約にざっと目を通すと、サイトの会員登録を済ませた。 そして、すぐさま「元カレとの思い出」を事細かに書き込んだ。 ──出会いのひどさ。 ──付き合っている間に受けた仕打ち。 ──別れ際の、カナをひどく傷つけた元カレの捨てゼリフ。 入力するだけで、指が震える。 けれども、こんなゴミを思い出すのはこれが最後だ。 誰かが落札してくれれば──すべてを引き取ってもらえたら── 出品後、1時間ほどは何の反応もなかった。 嫌な思い出ほど高値がつく──ということは、自分が元カレから受けた仕打ちは、世間一般的にはそれほどひどいことではなかったのだろうか。 (そんなはずはない) 新しい恋人ができても、なおカナの心を濁らせ続けた思い出だ。 あんなものが、ひどくないわけがない── 「あ……」 ピッ、と数字が変わった。 ようやく誰かが入札してくれたようだ。 ホッとしたのも束の間、次々と入札者が増えていく。 カナの思い出に対する値段は、どんどんどんどんつり上がった。 (よかった、間違っていなかった) それを今、思い出オークションが証明してくれていた。 値段があがるたびに、入札者たちの「ひどい」「この男はひどい」という声が、カナの耳に届くかのようだった。 結局、落札価格はカナの一ヶ月分の給料を上回った。 けれども、それ以上に嬉しかったのは、これで元カレとの思い出を手放せること。 そして、なによりあれが「ひどい思い出」だったと、入札者たちが認めてくれたことだった。 最後の手続きを済ませると、カナはホッと息をついた。 時刻は22時。 利用規約によると、日付が変わった時点で「思い出」は落札者のものになる。その瞬間を確かめてみたい気もしたが、すでに眠気が押し寄せつつあった。なにせ23時に就寝するのがカナの習慣なのだ。 「ま、いっか」 あくびをして、カナはオークションサイトを閉じた。 これで、心の奥底に沈んでいた黒い(おり)はすべて消えるはず。 明日からは、マコトが与えてくれる幸せだけが心を満たしてくれるのだ。
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