0人が本棚に入れています
本棚に追加
美人カメラ
この世界が嫌いだった。上手くいかないことばかりだけど、一番のイライラは誰もどんなカメラも本当の可愛い私を写してくれないこと。
メイク上手くできた!って思ってもキメ顔しても、撮ってもらった写真は絶対ダメで。私の見てる私はどこにいるの?
いいカメラ持ってる友達に頼んでも、満足いく出来になったことなくて。みんななんで撮るの下手なの?ってイライラしちゃう!
折しも世の中は未知のウイルスがはびこり、ステイホーム月間だったから、私はひたすら部屋で自撮りに凝るようになった。一眼とか買っても使いこなせる自信ないから、三脚や、ライトとか小道具揃えてセルフでパシャリ。それでもやっぱり気に入らなくて結局アプリで加工…じゃなくて補正。こっちが本当の私だから、加工じゃなくて正しい姿に近づけているの!
どうして世の中のカメラと言うカメラは私を正しく写してくれないの?って絶望してた頃、フリマで運命の出会いを果たした。
<写真写りに悩むあなたへ。お値段はあなたが気に入ってくださったらあなたの価値で後日お支払ください。本当の美しいあなたを撮れる最高の美人カメラ売ります。直接受け取れる方のみ。>
スペックとか色々かいてあったけどよくわからないし、場所近かったし、胡散臭いけどちょっとだけ気分転換の外出にはぴったりな気がした。
すぐ買います!と連絡を取り、約束を取り付けた。
現れた人は、私が昔ノートに落書きしたり設定細かく書いていた中性的で王子さまっぽい理想の人を具現化した感じでちょっと動揺。
「素敵な写真を、たくさん撮ってくださいね!」
と、立派なカメラを渡される。いろいろ説明されたけど正直頭に入らなくて、カメラよりその人の存在にちょっと心奪われてしまった。
それでもせっかくだからといろいろ試して自撮りしてみたけど、今までとなにも変わらない。
体験してからの後払いだし、もし上手く撮れたらラッキーくらいだったけど、やっぱりスッキリしなくて、
全然最高の美人カメラじゃないですってちょっとクレームを入れてみたら、すぐにお詫びが来て、カメラの本当の実力をちゃんと見せたいので一ヶ月時間をくださいと。自粛要請も解けた頃だったので、どうせ暇だし…と、応じることにした。何よりまた会いたい気持ちも大きかった。
それからの一ヶ月、お互い時間を合わせて会い、いろんな場所で写真を撮ってもらった。最初は緊張していたけど、ひたすら美味しいもの食べに行ったり、ひたすら夕焼けや星や広い景色を追いかけたりしてたら距離もどんどん近くなり、写真写りの悪さのコンプレックスとか、カッコ悪いこと話したら楽になってお互いの話もいろいろした。
彼は記憶を失っててある日いきなりこの世に存在したような感覚が消えないって悩みを持っていて、存在感の希薄さから、写真を撮って残すってことにハマったみたい。夢中で私を撮ってくれた。最後の日に見せるからって、途中はなかなか見せてくれなくて焦れったかったけど、彼といること自体が楽しかったし、最後の日が来るの嫌だなとか漠然と思ってていつしかカメラのこと意識しなくなっていた。
そして約束の最後の日。アルバムにまとめてくれた私の山のような写真を見て私は息を飲む。
…これが私?
今までどんなに表情作ってもメイク頑張っても小道具や撮り方工夫してもダメだったのに…彼に向けてる、私の何気ない瞬間をとらえた写真は、夢中で食べてるとこや、ぷっと頬を膨らませたり、バカ笑いしてたりするとこまで収められてたけど、整ってなくてもどれも可愛いって思えたし、今まで感じてた本当の私じゃない感が全然なかった。
「すごい。こんなに可愛い私はじめて。すごく気に入ったけど…お値段いくら払っても足りないくらい。どうしよう」
「そんなのどうでもいい。女の子は、好きな人に心を開いたら、一番可愛くなれるんだよ。好きな人に見せる笑顔、なにげない表情が、一番美しいよ。それをわかってほしかった」
そう言って抱き締められた。はじめて感じる気持ちでどうしていいかわからずにいたら、彼はクスクス笑いながら言った。
「わからなければ、それを確かめるために一生僕を君の専属カメラマンにしてください。納得いくまで君のすべてを」
「バカ。変態。カメラ越しにこだわらなくていいからわたしだけ見てて…可愛いって言って」
ウイルスが去り、新しい時代が始まるとともに、私の世界も変わった。
最初のコメントを投稿しよう!