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――
本や雑誌類を、ビニール紐できつく結ぶ。いずれも、ナズナが買ってきたものだ。
彼女は一輝とは違って読書家で、たくさんの本を愛し、それらを読んでは、一輝にその感想を教えてくれた。
「本を読むのが嫌いなら、今度、わたしが読み聞かせてあげますよ。……ほら、これなんて、面白いですよ。わたし、これ大好きで、中でも特にお気に入りなんです」と、ころころ笑うナズナの声が、頭の中で鳴る。
……あの本のタイトルは、なんだったか。
よく憶えてはいないが、恋人が病気で死に、主人公はそれに哀しみながらも、その死を受け入れ、頑張って生きていこうとする、という、いかにも女が好きそうな、よくあるラブストーリーだった。
そして、そのあらすじは、今の一輝にはあまりにもつらいもので――気づくと、口の中で、くだらない、とつぶやいている。
そのまま、その本の束を持ち上げ、玄関先に置いた。
……と。その時だった。
チャイムが鳴り、『宅配便でーす』という、くぐもった声が聴こえてきた。
――届いた、か。
目を細めて、ゆっくりと玄関扉に手をかける。
今日中に、この家のものを、全て片づける。それは、もちろん、そのつもりだ。
――ただ、それはそれとして、一輝はひとつ、『どうしても、手に入れなければならないもの』があった。
それは、この国、この時代では、ほとんどの者が持っているのに、今まで、1度たりとも欲しいと思わなかったもの。
そんなものは生きる上で必要ないと思っていたし、必要になる場面などないと思っていたし、何より、ナズナもそれを、とても嫌っていた。
――だから、買わなかった。
けれど、必要になった、もの。
「こんちはーっす。サイン、お願いしやーす」
自分と同じか、もしくはそれより若いかもしれない青年に頭を下げ、その小さな段ボール箱を受け取る。
一輝は片づけを中断し、それをテーブルの上に置いた。
近くにあったカッターナイフの刃を出し、箱のフタをがっしりと固定しているテープを、切り裂く。
中には、緩衝材と思われる発泡スチロールの粒が大量に入っていて――そこに手を入れると、ずし、という確かな重みを感じた。
そ、と、それを引き抜く。
触ったことは初めてであるが、今まで何度か見た事のある、その黒光りする物体を、眺め、握り、構えた。
――回転式拳銃。リボルバーだ。
無論強制というわけではないが、政府は『護身用のために』、とこれを普段から携帯する事を許可、勧めており、学校でも扱い方の勉強会のようなものを何度かやっていた。
一輝は興味がなかったので1度も参加をしたことはないし、当時は、「護身用? そもそもなんのためのだよ?」と思っていたわけだが、もちろん今なら分かる。
ようするに拳銃を携帯させるのには、ゼロたちと『なんらか』のもめ事が起きた時に使え、という意味があり、ゼロたちに対して『人間は武器を持っているから危害を加えるな』という威嚇の意味もあったのだろう。
ためしに、弾はこめず、引き金を引いてみる。……一輝が購入したのはダブルアクションタイプのものだが、想像していた以上に、固い。
手が、指先が、震える。しかし、それでもゆっくりと撃鉄が上がり――それは突然振り下ろされ、がしん、という乾いた音が響いた。
「…………」
もし、今、弾が入っていたら――ちゃんと、発砲出来ていたのだろうか。
一輝は、感触を確かめるように、もう1度引き金を引く。
弾は6発分買ったのだが、それだけあれば――と思いつつも、失敗しないという保証はない。
その練習にいったいどのくらい効果があるのかは不明だが、一輝はしばらくの間、その動作をひたすらに繰り返した。
――ナズナの笑顔を、頭から振り払うように。
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