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さて、正月休みも終わりを迎え、彼は一人暮らしをしているアパートに戻った。
明日から出勤というこの夜、彼は書初めを壁に貼り付けた。
ところで現在のところ、彼に意中の人はいなかった。それを探すところから始めねばならない彼は、出会いの場を探すところから始めねばならなかった。
「去年までと出来るだけ違うように行動しよう」
彼は書初めを見ながらそう呟いた。
そして翌朝、駅までの決まりきった通勤路からテコ入れは始まった。
要するに、いつもと違う道を通って最寄り駅を目指したのだ。
入社してかれこれ七年が過ぎた彼にとって、この町はすっかり住み慣れた場所のはずだった。
しかし、道を少し変えるだけで、何となく新しい町に来たような気分になれた。
「出会いがありそうだ」
そんな予感を胸に、歩いていく彼の目に、ふと一軒の家が目に入った。
丁字路の真正面にあるその二階建ての家は、周囲の家と違ってどことなく古びていた。
昔からある家なのだろう。塀に囲まれた一角に錆の浮いたもんがあり、狭い庭の向こうに玄関が見えた。
表札には田井中と出ていた。
一階の雨戸は閉ざされ、庭の草も伸び放題になっている。
生活感あふれる周囲の家と違って、この家は時が止まっている様だった。
そんな不気味な家はあったものの、肝心の出会いは全くなかった。
どの角から美少女がパンを咥えて駆けだしてくるだろうか、と胸をときめかせたのは全て徒労に終わった。
「なぁに、まだ一日目の朝だ。始まったばかりだとも」
彼は見慣れた駅の見慣れた改札を通りながら、誰にとは無くそう呟いた。
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