第一話 野菜売りの息子と騎士の息子

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第一話 野菜売りの息子と騎士の息子

     四大大陸。  それぞれの大陸で猛威を振るった魔王が、四人の勇者によって討伐されたという、古い伝説が残るこの世界において……。  北の大陸にある地方都市サウザでは、そこで生きる人々が、今日も日々の暮らしを送っていた。  サウザの街の南側に、大きな噴水を中心とした、南中央広場と呼ばれる場所がある。  目立つ噴水は、待ち合わせの目印にもなるからだろうか。ここは常に人で賑わっており、そうした人々を目当てに、露天で店を開こうという商人たちも集まってくる。結果、南中央広場は、多くの露店が並ぶ市場のような雰囲気になっていた。  今朝も南中央広場では、これから来るであろう多くの客を見越して、露天商たちが早くも店を開いている。  占い屋を営むゲルエイ・ドゥ――二十歳くらいにも見える童顔の女――は、 「やあ、おはよう」  目の前を通り過ぎようとしている一人の露天商に、笑顔で声をかけた。  今日は、霜の月の第三、大地の日。月日としては十一番目の月の、三番目の日であり、曜日としては一週間の中で六番目に相当する。  この広場でゲルエイが店を開き始めたのは、宴の月の第十、つまり先月の十番目の日。もう三週間くらい前のことであり、今では他の露天商たちとも、すっかり顔なじみになっていた。 「ああ、ゲルエイさん。おはようございます」  そう返してきたのは、顔見知りの一人であるレグ・ミナという男だった。  彼は、ゲルエイの占い屋からは少し離れたところに露店を構えており、野菜を売って暮らしている。今この瞬間は、たくさんの野菜を載せた台車を引いていた。レグにしては少し遅いが、開店準備の途中だったのだろうか。  声をかけて悪かったかもしれない、と思いながら、彼の台車に視線を向けるゲルエイ。するとレグは、きまりが悪そうに言葉を足した。 「いやあ、今日は遅くなってしまいました」  ゲルエイとしては、特に問いたげな目をしたつもりはない。それでもこう返すレグなのだから、彼は真面目な男なのだろう、とゲルエイは感じる。  もしかすると、レグとしては「おはよう」に対する補足だったのかもしれない。ただの挨拶であって「早い」「遅い」のニュアンスは少ないはずなのに、彼は律儀に、説明の必要を感じたのかもしれない。  そんなゲルエイの考えに応えるかのように、レグは勝手に、さらなる補足的な発言を続けていた。 「息子のことで、最近ちょっと色々ありまして、今朝は特に話が長くなって……。では先を急ぎますので、詳しくは、また後で!」  さすがにそろそろ切り上げて、レグは、重い台車を引きながらも足早に去っていく。その後ろ姿を見送りながら、ゲルエイは、以前に聞いた話を思い出していた。  レグは一人息子のファバに野菜売りを継がせる気はなく、ファバを騎士学院に通わせていると言っていたな、と。  王都の騎士学院ほど立派な施設ではないかもしれないが、ここ地方都市サウザにも、騎士学院が存在している。私塾ではなく、都市行政府が運営する公的機関だ。  そこで学ぶ若者たちの多くは、騎士の家系に生まれた者たちなのだが、それが全てではない。中には「騎士の家柄ではないが自分は騎士を目指す」という強い決意のもと、一般向けの厳しい入学試験をクリアして、通うことを許可された生徒もいるのだった。  レグの息子ファバも、そうした『一般組』の一人だ。ただしファバの場合、ファバ自身が騎士になりたいというより、親であるレグの強い希望により、騎士学院に通うことになったらしい。  自分の意思ではないのに、頑張って入学試験に合格できたということは、それはそれで凄いことだろう。それだけ優秀な証であるし、また、親孝行とも言えるかもしれない。  自分の占い屋に客が来るまでの間、ゲルエイは、そんなことを考えていた。 ――――――――――――  同じ頃。  街の警吏であるピペタ・ピペトは、いつものように三人の部下を引き連れて、見回りのために都市警備騎士団の詰所を出るところだった。  ピペタが担当している区域は、地方都市サウザの南側の一区画――南中央広場を含む区域――であり、そちらへ向かうはずだったのだが……。  詰所を出たばかりのところで、逆に今から詰所へ入ろうとする一人と、すれ違った。顔見知りの騎士だ。 「ああ、ピペタ隊長。おはようございます」  向こうが挨拶をしてきたので、ピペタも返す。 「おはようございます、アリカム隊長。珍しいですな」  騎士の出入りが激しい時間帯なので、詰所に向かう者がいること自体は、不思議ではない。ピペタが「珍しい」と言ってしまったのは、相手の日頃の行動パターンとは違っていたからだ。  アリカム・ラテスは、ピペタよりも一回り以上は年上の、恰幅の良い男性騎士。彼はピペタと同じく、都市警備騎士団の南部大隊で、小隊長の職に就いている。だが、ピペタのような「王都から派遣されてきている小隊長」という例外的な存在とは、もちろん違う。アリカムは、地方都市サウザで生まれ育った生粋の人間であり、代々この街に居を構える騎士の家系だった。  真面目なアリカムは、誰よりも早く詰所に来ているという評判だ。ピペタだって朝が遅い方ではないが、それでも、ピペタが朝の詰所に到着すると、いつもアリカムの姿を見かける。アリカムは、常に同じ席に座って、彼の部下を待っているのだった。誰もが毎朝その光景を目撃するので、アリカムの場所を『アリカム席』なんて呼ぶ者までいるらしい。  そんなアリカムが、ピペタ小隊の四人が揃うよりも遅くに、詰所にやってくるとは……。  おそらく、ピペタだけではなく、ピペタの部下たちも不思議そうな顔をしていたのだろう。アリカムは、少し恥ずかしそうな顔で、言い訳がましい言葉を口にした。 「ちょっと今朝は、家庭の問題がありましてな。久しぶりに、息子を叱りつけておりました」  アリカムのところには、騎士学院に通う、一人息子がいたはず。  ピペタは、以前に聞いた話を思い出しながら、適当に言葉を返す。 「それはそれは……。大変でしたな」 「まあ、今朝の件は、たいした問題でもないのですけどね。息子が悪友に誘われて、立ち入り禁止の場所へ出向いた、という話で……」  それくらいならば、怒ることもないのに。禁じられたエリアで遊ぶくらい、構わないだろう。若者が少しくらいヤンチャを仕出かすのは、よくある話だ。  ピペタはそう思ってしまうが、それは彼が、元々は孤児院出身だったからかもしれない。アリカムのように代々続く騎士の家柄では「騎士として品行方正に」という教育方針が、徹底されているのかもしれない。ピペタは考え直すと同時に、この件には迂闊に意見を述べるのは控えておこう、とも感じる。 「独身の私には、わからない苦労ですな。息子さんの教育というものは」  ピペタは、当たり障りのない言葉を選んだつもりだった。だが『息子の教育』という語句は、アリカムには、少し別の意味を持っていたらしい。 「お恥ずかしい話ですが、家内は、騎士の家柄の出ではないので、こういうのは全くわからないようでしてね。だから、家庭内で息子を騎士として教育するのは、私の役目になってしまうのです」  アリカムの妻についても、ピペタは以前に、何か聞かされたような気がする。だが、きちんと覚えていなかった。それこそ、迂闊なことは言えないな、とピペタが思っていると……。 「いや、立ち話をしている場合ではありませんでしたな。では失礼」  アリカムが、今さらのように話を切り上げて、詰所に駆け込んでいく。  立ち話をしている場合ではないのは、ピペタたちも同じだ。これから仕事なのだから。 「では、私たちも行こうか」 「はい、ピペタ隊長!」  部下の一人、女性騎士のラヴィが、元気よく返事をする。  ラヴィは、ピペタ小隊の四人の中で、唯一の女性。すっきりとした顔立ちをしており、短めだが女性的な髪型の金髪が、よく似合っている。引き締まった体つきのせいか、胸は豊かとは言えないが、それでも若さ故の色気があった。  ちらっとだけ彼女を見てから、ピペタは歩き出す。  歩き始めてすぐに、同じく部下であるウイングが、世間話を始めた。 「ピペタ隊長がラヴィに向けた視線で、思い出しましたが……。先ほどのアリカム隊長の奥さんはメレタ、息子さんはフィリウスという名前だったはずです」 「あら、ウイング? その話に、どう私が関係するの?」  問いただすラヴィ。  当然だろう。  ピペタとしても「ラヴィに向けた視線で思い出した」の部分は、意味がわからない。 「ああ、言葉が足りなかったですね。アリカム隊長と彼の奥さんは、かなり年が離れているのです。彼の奥さんは、ピペタ隊長と同じくらいの年齢だったはずです」  その程度ならば「かなり年が離れている」は、言い過ぎではないだろうか。  いや、それよりも。  自分は、中年男が若い娘を見るような目で、ラヴィを見ていたのだろうか。  ピペタは、少し恥ずかしく思う。それが事実かどうかは別として、少なくともウイングからは「そう見えた」ということなのだから。 「私……。ピペタ隊長とは、そこまで年は離れていませんよ。ぴったり十歳の差だと思います」  ラヴィが、細かい部分にケチをつける。  そんなことは、どうでもいいだろうに。  それよりもピペタは、アリカムの妻メレタがピペタくらいの年齢だという話に、微妙にショックを受けていた。  アリカムの息子は騎士学院に通うくらいの年齢だ。ならば自分にも、それくらい大きな子供がいてもおかしくない、ということになる。 「私だって、そこまで老けていないつもりだったのだがなあ……」  思わず呟いたピペタに対して、 「大丈夫ですよ、ピペタ隊長! ピペタ隊長は、まだまだ十分若いです!」  ラヴィが、励ましの言葉をかけてくれた。  うん、やはり彼女は優しい女性だ。これだけで、少し気分が和らぐ。  ピペタが心の中でラヴィに感謝していると、後ろでタイガ――ピペタのもう一人の部下――が、のんきな声を上げる。 「ちょっと羨ましいなあ。今の話をまとめると……。アリカム隊長は、年の離れた若い女を孕ませて、娶ったことになるのでしょう?」  アリカムの妻と息子の年齢から計算して、タイガの頭の中では、そういうストーリーが出来上がってしまったらしい。  勝手な想像も失礼だろうが、ピペタとしては、何よりも「若い女を孕ませた」という言い方を下品に感じてしまう。  少し注意しようかとも思ったのだが、ピペタが口を開くより早く、 「ピペタ隊長は、どう思います? 年の離れた若い女性を奥さんにするのって……。こういうふうに話題にするような、特殊な話なのでしょうか。変わった話なのでしょうか」  ラヴィが、そんな疑問を彼にぶつけてきた。  どうやら彼女も、タイガの言葉を下品と思って、場の空気を変えるために、たわいない質問を持ち出してきたらしい。  そう判断して、ピペタは適当に答える。 「いや、そんなに変な話でもないぞ。普通だと思う。ほら『愛に年齢は関係ない』という言葉もあるだろう? 結局、当事者同士の、気持ち次第ではないかな」 「ああ、そうですよね!」  弾んだ声で、笑顔を見せるラヴィ。  やはり彼女は、場の空気を変えたかったのだろう。だから今も、努めて明るく振舞っているのだろう。  ピペタは、そう思った。 ――――――――――――  同じ頃。  (オモテ)の顔がナイフ投げの芸人――通称『投げナイフの美女』――であるモノク・ローは、朝の街中(まちなか)を、仕事場である『アサク演芸会館』へ向かって急いでいた。  今日は午前中から出番があるのだ。モノクは、いつものように午後からだと勘違いして、少し寝坊してしまった。結果、朝食抜きになってしまい、朝から憂鬱な気分だ。  そして、ようやく演芸会館が見えてきたところで。 「ちょっと、そこのお姉さん! あなたですよ、『投げナイフの美女』さん!」  背後から、さらに気分を悪化させる声が聞こえてきた。  なるべく感情を顔に出さないように努めながら、モノクは振り返る。 「……やはり貴様か」  声から予想した通り。  モノクを呼び止めたのは、モノクと同い年くらいの女性。明るめの茶色いスーツの上下で身を固めており、ふんわりとした金髪のボブカットは、彼女の丸顔によく似合っている。  最近モノクにつきまとうニュース屋、ディウルナ・ルモラだった。 「そろそろモノクさん、あっしの取材を受けちゃくれませんか?」 「前にも言っただろう。断る」  モノクは、ディウルナの男みたいな口調が好きではなく、それについても以前に「やめろ」と告げたことがあった。だが、その時は「モノクさんだって、似たような話し方じゃないですかい?」と返されてしまった。確かにモノクは『俺』『貴様』という言葉遣いなので、以後、その点に関しては黙認することにしている。  それに、モノク自身の好き嫌いを別にすれば、ディウルナの話し方は、彼女の声質――おてんば娘のような響き――には合致しているのかもしれない。モノクは、そう評価していた。  モノクは以前に、同じ演芸会館の他の芸人から、ディウルナの経歴に関する噂を聞いたことがある。  なんでも、少し前までディウルナは、都市行政府で広報関係の仕事をしていたそうだ。だが、そこで彼女は、言論の自由を感じられず、嫌になって辞職したらしい。  だから今は、市井のニュース屋として、庶民の関心を引く出来事ばかりの『大衆紙』を作り、それを売って暮らしているのだが……。  ここ最近、ディウルナの興味が『投げナイフの美女』に向いているのだ。とんでもない話だった。  実は照れ屋の部分もあるモノクだから、自分に関する記事が大衆紙を飾るのは、とても恥ずかしい。だが、モノクが取材を嫌がるのは、そんな心情的な理由だけではない。モノクは、裏では暗殺者を生業(なりわい)としているため、必要以上に目立つことは厳禁なのだ。あまり(オモテ)の仕事で顔が売れるのは、裏稼業の人間としては困るのだった。 「モノクさん、そう言わずに……」  しつこく食い下がるディウルナは、ならば少し譲歩しましょう、という態度を見せる。 「……だったら、代わりのネタでも提供しちゃくれませんか?」  とんでもない提案だ。  ディウルナには、ニュース屋としてのプライドはないのだろうか。  モノクは呆れながら、これも拒絶した。 「それこそ俺ではなく、貴様の仕事だろう。自分で探せ」  そして最後に、 「貴様に構っている暇はない。急がないと、遅れてしまうからな。それとも、舞台に穴が空いた場合、貴様が弁償してくれるのか?」  モノクは言い捨てて、逃げるように『アサク演芸会館』へ駆け込んだ。 ――――――――――――  昼下がりの南中央広場にて。  客を待ちながら、何の気なしに空を見上げていたゲルエイは、自分の占い屋に誰かが近づいてきたのを、気配で察した。  視線を下げて、その顔を確認。ゲルエイの方から声をかける。 「やあ、レグ。どうしたんだい?」  野菜売りのレグだった。 「どうも、ゲルエイさん。少し、お話を……。今、ちょっといいですか?」  彼の扱う野菜は、食料品――特に料理の材料――なだけに、今の時間帯は、客足が少ない。お昼を食べ終わってすぐに、夕食の仕込みのために材料を買いに行こう、などと考える人間は少ないのだろう。  夕方になって店が混雑する前に、レグは、ゲルエイと話したいことがあるようだった。 「ああ、構わないよ。見ての通り、あたしの店は閑散としているからね。何か占ってしんぜようかい?」 「いやいや、それには及びません。ただ、今朝、少し言ってしまいましたから、一応きちんとお話ししておこうかと……」  朝の挨拶の中で出てきた「息子のことで、ちょっと色々」の補足だろう。別にゲルエイは、その詳細が気になっていたわけではないし、それくらいレグだって承知しているはずだ。  むしろレグの方が、話を聞いて欲しいのだろう。彼の気持ちを汲んで、ゲルエイは話を促す。 「ああ、何か言ってたね。では、聞かせてもらおうじゃないか」 「はい、ゲルエイさん。実は、最近、息子の様子が……」  本題に入ろうとして、いきなり口ごもるレグ。  よほど切り出しにくい話題なのだろうか。  いったん視線を落としたレグが、再び顔を上げた時。  そこには、何か決意したような色が浮かんでいた。 「ねえ、ゲルエイさん。占い師のゲルエイさんに、こんなこと尋ねるのも変かもしれませんが……。ゲルエイさんは、呪いって信じますか?」  呪い。  一般的にはオカルトの範疇であり、呪いなんて存在しない、と主張する者も多いだろう。ゲルエイの商売である『占い』だって、やはりオカルトの(たぐ)いとして、呪いと一緒くたにする者もいるかもしれない。  例えば、今のレグの発言にも、占いと呪いを同類に扱っているようなニュアンスがあった。  失礼な話ではあるが、その程度で腹を立てていたら、占い屋なんてやっていられない。だからゲルエイは、平然と答える。 「ああ、信じるよ。確かに呪いは、昔から存在している」 「それは……。占い師としての見解ですか?」 「いいや、違うね。あたしの商売は関係ない。最近、歴史書で読んだのだよ」 「歴史書で?」  驚いた声で、ゲルエイの言葉を繰り返すレグ。  それから、少し落ち着きを取り戻した態度で、彼は呟く。 「そうですか……。では、本当に、呪いってあるんですね」  ゲルエイは『歴史書』という言葉を使ったが、正確には、ゲルエイが呪いに関する記述を見たのは、そんな本の中ではない。出来る限り正確に歴史を書き記そうとした書物ではなく、勇者伝説の時代に関する伝奇書――『風の大陸の伝説』という題名の本――の中に、呪いに関する逸話が出てきたのだった。  それは、四人の勇者が四大魔王と戦う旅をする中、まだ序盤の頃のエピソード。風の魔王によりばらまかれた凶悪な呪いを――誰にも解けなかった呪いを――、勇者が見事、解呪したという話だった。この事件は、勇者が『勇者』として人々から認められる第一歩になったという。  もちろん、そうした伝説の真偽が定かではないことくらい、ゲルエイだって承知している。そもそも本当に呪いなんてものがあるのかどうか、そこもゲルエイは疑問に思う。  だが、とりあえず今は、レグに対して曖昧な態度を示すのは良くないだろう。だから伝奇書を根拠として、呪い肯定派の立場を示してみせたのだった。 「それで、その呪いってやつ……。それが、あんたの息子さんと、どう関係するんだい?」  ゲルエイの方から、具体的に話に踏み込む。息子の問題とやらを話し始めた中で、レグが『呪い』なんて言い出したのだから、無関係なはずがない。  レグは、まるで観念したかのように、うなだれながら言葉を返す。 「はい。息子の様子がおかしいから、問いただしてみたところ、息子が言うのです。『僕は魔女に呪われてしまった』と」 ―――――――――――― 「おわかりいただけたであろうか。こうして彼は、呪われてしまったのだ……」  十一月初旬の日本。  深夜のテレビから聞こえてくる声に、(みやこ)ケンは、少し顔をしかめた。 「なんだよ、これ?」  特にこの番組が見たくて見ていた、というわけではない。自室のベッドで横になったけれど、まだ眠くないから、何気なくテレビをつけて、適当に流し見していただけだ。  異世界ではピペタやゲルエイの裏稼業の仲間であるケンも、自分の世界で暮らす時は、どこにでもいる普通の高校二年生に過ぎないのだった。  今テレビに映っているのは、B級の心霊番組だ。素人からの投稿映像で構成している、という体裁だが、どう見ても制作スタッフによって用意されたフェイクだろう。ただし制作側が視聴者を欺こうとするヤラセとも違って、視聴者側でも嘘を嘘と認識した上で楽しむ番組だ。  正直、こういうのは友人たちと一緒に、ツッコミを入れながら見てこそ面白いのであって、一人では退屈なだけだった。  ネットを探せば、どこかで『実況』と称して、コメントを発信しながら見ている人々の集まりも、見つかるかもしれないが……。 「いや、そもそも、時季がおかしくないか?」  ケンの口から、ツッコミの独り言が漏れる。  彼が『時季』と口にしたように、もう十一月に入ったのだ。心霊とかオカルトとか、そういった話の季節ではないだろう。この番組も、夏の心霊特集とでも銘打って流すべき代物(シロモノ)だ。 「もしかして……」  ふと思いついて起き上がり、ケンは番組表を確認する。  再放送を示す『再』のマークが書かれていた。 「なんだよ、再放送かよ……」  これでは、あまりネット実況もやっていないだろう。  彼は、テレビを消して、再び呟く。 「季節はずれの、心霊番組か……」  相変わらず眠くないまま、目を閉じるケン。  この時、まだ彼は知らなかった。  次に彼が異世界へ召喚される時、その用件は、季節はずれのオカルト事件にまつわる話なのだ、ということを。    
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