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デート
午後四時。約束通り、俺はスマホで妹にメールを送った。
『夏芽、七時、○○駅のモニュメントの前で待つ』
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案の定、夏芽の返事はなかった。
◇◇
三十分ほど遅れて、白いボーダーのワンピースにベイジュのチェスターコートを羽織った夏芽が歩いてきた。結婚式場に行く時に着る予定のドレス……。慣れないハイヒールでヨタヨタと所々にできた水溜りを避けながら……。
「よお……それ明日の……普通ので来いよな!」
「荷造りしちゃってて、無いの。これしか……」
と、夏芽が言ったあと、「お兄ちゃんだって……」と、妹の結婚式のために新調した俺の冠婚葬祭用のスーツの裾を引く。
「俺もないんだよ。これしか……」
と、笑ってみせた。
「お兄ちゃん、何、これ?」
夏芽は唇を尖らせ、自分のハンドバッグからスマホを出す。そして、その画面を指先でタップした。
俺にその画面を見せつける。
「……駅の……前で待つ……」
俺が送ったメールだ。
何だよ……俺が送ったメールじゃん」
「お兄ちゃん、これじゃあ、果たし状だよ。決闘の……」
夏芽の指先がスマホの画面を弾いて、その丸い目を細め白い歯を見せる。
「決闘? いい文章じゃん? 心がこもった……」
「ここで決闘するのかと思ったよ」
夏芽が手を拳骨にしてしてボクシングのようにパンチを出す。また、妹の白い歯が覗く。
「晩飯……?」
「コンビニおにぎりでいい……」
「コンビニの……」
♪石焼きいも〜♪
絶妙なタイミングで石焼きいも屋の軽トラが通りかかる。
「あ、焼き石焼きいも屋さん……、私、石焼きいもがいい」
「焼きいも……お前、太るぞ!」
「いいもん、太っても……」
結局、俺たちは夏芽と二人で駅の近くの公園のブランコに座って焼きいもを頬張った。
「ブランコって、こんなに小さかったんだ」
ブランコを漕ぐ妹の姿を後ろから眺めてた。自分の結婚式のために伸ばし背中まである長い髪を風になびかせる妹の後ろ姿を……。
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俺たちは、また歩き始めた。
雪が降るのだろうか。山から吹き下ろす風が冷たい風が街路樹の枝を揺らしている。
俺はコートの襟を立て、夏芽の身体を引き寄せる。
「何だか、お兄ちゃんとデートしてるみたいね」
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