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「……しよ……デート? 夏芽……今晩だけ俺の恋人になって……」
俺は実の妹にとんでもないことを口にしていた。
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夏芽と手をつないで、大通りから路地に入った。妹の小さな手のひらの柔らかさ。妹と手をつなぐなんて幼稚園以来かも知れない。
俺たちは更に暗くて、寒いのにやけにジメッとした路地裏を歩いた。
千鳥足で歩く酔っぱらいのカップルと擦れ違う。周りの奴らは、俺たちをどう見ているんだろう、とふと思った。
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あん、と言う女の子のため息のような声が自販機の向こうから聞こえてきた。少しドキリとした。だけど、地面に置いてあった『○○高等学校』と書かれたスクールバッグを見てまたドキリと胸が鳴った。
俺とつないだ夏芽の手のひらが、キュッと固く俺の手のひらを握った。
「ちっ……近頃の学生はよ……」と、ぽろりとボヤいてしまった。
「お兄ちゃん、それオジさん……」
夏芽が自分の口を手のひらで抑えて笑った。吹き出すのを堪えるように……。
夏芽の冷たい手の力がすっと緩んだ。俺が妹の小さな手を包み込むむように握り返す。と、コートのポケットの中でお互いの指を絡め合う。恋人握りという握り方だ。
「お兄ちゃんの手、暖かい……」
と言って、夏芽がギュッと俺の手を握った。
駅からどんどん離れる。コロッケか何かを揚げたような油の匂いに誘われるように……。そのビルの間を何ブロックか歩いた所に飲食店街が並び、更に歩くと、色とりどりの怪しげな看板が並ぶ大人の街になる。あのバブルの頃は呼び込みと客が溢れかえっていたらしいが、今は空き店舗も多くて客の通りもまばらだ。
「お兄ちゃん……」
俺の手を握る夏芽の手に力が入る。
飲食店街を抜けた所にホテルがある。ステーションホテルよりもきらびやかなその入り口に『空室』と書かれた看板と、建物の横の路地には暖簾のような長い幕が掛かっている駐車場の入り口がある。俺たちの後ろから来たカップルらしい若い男女が顔を伏せるようにして足速にそこ消えて行った。無意識に目でその行き先を追う。
「こんな所にホテルなんて……ね?」
と言って、夏芽の手が俺を引っ張った。
「ラブホか……」
恋人同志ならラブホっていうのもありかも知れない、と一瞬スケベ心が出てしまった。でも、考えてみれば、兄貴とラブホなんてある訳がない。本当の恋人ならともかく。俺の心の天使と悪魔が俺に囁く。
「だよな……帰ろうか。夏芽……」
俺はそこから立ち去ろうと夏芽の手を引く。
「私さ……」
一瞬、時間が止まる。
「うん……」
「いいじゃん。私、ちょっとだけ興味があるの」
「えっ?」
俺はそのホテルを指差指した。
「うん、こういうホテルって泊まったことがないから……ね? 見学だけ……」
見学だけではすまないような気がした。
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