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side 悠里
「どこいってたんですか?」
電話を終えて部屋に戻ると、この時間には部屋にいないはずの後輩が不機嫌そうに悠里を見ていた。きっといつもの夜遊びだと思ったのだろう、その目から不信感が滲み出ていた。
彼はサッカー部のエースで、いつもこの時間はまだ部活をしていることが多い。
俺は彼と鉢合わせてしまったことに、若干の苛立ちを覚えた。せっかく千花ちゃんとの電話の後だったのに、最悪な気持ちだ。まぁ、その電話の内容もまぁまぁ最悪なものだったけど。
「電話してただけだよ、唯こそなんでこんな時間に部屋にいるの。」
この春からルームメイトになった唯は、頑固でサッカーバカで、顔だけは特別良い漫画の主人公みたいな男。悠里にとっては、自身の過去を思い出させる存在で、顔を見るだけでドロドロとした汚い気持ちが胸の中に溢れてしまう。
簡単に言えば幼なじみで、でも幼なじみと呼ぶには悠里と唯の関係は複雑すぎる。
「千花さんですか?」
俺の質問には答えないのに、聞きたいことだけ聞こうとする。昔から唯にはそういうところがあった。
「そうだったとしても、別にお前には関係ないよね?」
突き放すような俺の言葉に腹を立てたのか、唯はそれ以上何も言ってこなかった。唯とはなるべく関わりたくなかったのに、彼が高等部に上がってきた途端同室になってしまった。俺にとってここ三年で1番の不幸だ。
今この瞬間も息が詰まって、早く部屋を出たいという気持ちに駆られた。
「俺、今日も出かけるから。」
俺のその言葉を聞いた唯は、綺麗な目を吊り上げて、音を立てて立ち上がった。
「あんたがサッカー辞めてやりたかったことってそんなことなのかよ!」
唯のその姿に、過去の唯の姿がだぶる。サッカーを辞めると伝えた時も、彼は同じように怒りを露わにしていた。
「そんなことってなに?俺は毎日超楽しいよ?」
「楽しい?男とヤリまくってる生活がそんなに楽しいのかよ。」
昔はキラキラした目で俺を見ていた唯が、今は嫌悪感を露わにして俺を睨みつけている。数年でここまで関係性が悪化するものかと自分でも笑えてしまう。
「サッカーの神様に愛された唯くんにはわからないんじゃない?」
唯にはわからないだろう。それでいい、お前には恋愛も娯楽も何もいらない。サッカーという唯一の神様に愛されたのだから。
部屋を出ようと、靴を履いていると背中に軽い衝撃が走る。足元を見ると、唯のノートが転がっていた。あの優等生がノートを投げるなんて、と逆に少し感動してしまった。
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