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センチメンタル②
「幸人、今日もうち寄ってく?」
「行く行く」
音楽室とサッカーの一件以来話すようになった幸人と哲太は、いつの間にかクラスの皆に驚かれる程よくつるむようになっていた。ここまで仲良くなった最初のきっかけは、学校帰り『本当は家に帰りたくないんだよね』と言った幸人を、『じゃあうち寄ってけば』と哲太が気軽に誘ったことだ。
本来友達の家には、一旦自宅に帰ってから遊びに行くことと決まっているのだが、哲太自身、祖母が入院していて、帰ると誰もいない状況が寂しかったというのもあるだろう。
幸人は哲太の家にあるゲームを珍しがり、最初のうちは二人でそれで遊んでいた。だが当然、哲太はやったことあるゲームばかりなのですぐに飽きてくる。
そこで哲太は気まぐれに、もう一度音楽室で幸人が弾いてた曲を聴きたいと幸人に言った。幸人は最初渋々弾き始めたが、弾いてるうちに楽しくなってきたのか、遊んでいたゲームの曲まで演奏し、すげー!と興奮した哲太が俺にも教えてと頼んだことで、二人の遊びはゲームからピアノに変わった。
「あーだめだ、やっぱ俺上のメロディーしか聴こえない。おまえなんで伴奏まで聴こえるの?」
「うーん、俺の場合、お父さんはピアニストだったし、小さい頃から母さんに聴音やら和声やらやらされてたから、訓練のたまものというか慣れかな」
「いいなあ、俺も耳コピできるようになりたい」
「哲太も、小さい頃からピアノやってたんだから、練習してコツ掴めばできるようになると思うよ。和声やコード理解してけば聴こえやすくなるかも」
「なにそれ!教えて!」
「いいけど一つ言っていい、音楽室のピアノ弾いてる時も思ったんだけどさ、哲太の家のピアノも調律した方がいいよ、音くるってる」
「え?全然わからないんだけど、おまえ宇宙人だな」
冗談でもなんでもなく、自分にはわからない音を聴き分ける幸人は、哲太にとって、超能力者としか思えない。
「いや、世の中に絶対音感ある人なんて沢山いるから、精密さはどうしても差がでちゃうかもしれないけど、俺は哲太だって、今からでも遅くないと思う」
「本当に?そしたら俺頑張る!」
一緒に遊んでいるうちに、一度聴いたゲームの音楽を弾いてしまう幸人の能力が羨ましくなった哲太は、幸人の聴こえている世界に、自分も少しでも近付いてみたいと思ったのだ。
長調、短調、メジャー、マイナー、
7th オーギュメント、ディミニッシュ、6th 、9th
トニック、サブドミナント、ドミナント
「ああ、これ登喜子先生言ってた、あんま興味なくて聞いてなかったけど」
「興味なきゃそんなもんだよ。でも哲太メロディーは聴こえてるんだからさ、意識して聴いてれば、コードも聴こえるようになってくるんじゃない?曲練習する時も、いきなり弾かないで、楽譜見て頭で響きや、どう弾きたいかシュミレーションしてから弾きはじめた方がいいかも。頭で思い浮かべた響きと、実際音だしたときの違いを知るのも、音感の訓練になると思う」
「すげえ!先生みたい、幸人先生って呼んでいい?」
「嫌に決まってるじゃん」
遊びというより、まるで先生と生徒だったが、幸人に教えてもらいながらピアノを弾くのは楽しかった。
「なあ、大雷雨のこの部分、なんか奏恵さんが弾いてるのと違って聴こえるんだけど」
「だから奏恵さん呼ばわりやめろよ、てかそこ見てたけど弾き方じゃなくてペダルの入れ方だよ」
そう言って、幸人はおもむろに哲太の肩に手をかけ、狭い椅子の隣りに座ると、哲太の足に自分の足を重ねてくる。
「ほら、弾いてみ」
「おう…」
「どうした?」
「いや、これが奏恵さんだったらドキドキしたろうなと思って」
「おまえマジ人の母親変な目で見てんなよ!教えねえぞ!」
「違う!変な目じゃなくて憧れてるの!ごめんなさい教えて!」
幸人と仲良くなってから、祖母が入院して以来ずっと感じていた孤独な寂しさが、嘘のように消えていった。幸人のおかげで、今まで見えていた世界も、聴こえていた音も変わっていく。それは哲太にとって経験したことのない新鮮な歓びだった。
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