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あたしがこの街へ帰って来てからもう10年になる。
父親が銀行の幹部候補生だったせいで、転勤が常だったあたしは引っ越しが常の青春時代を送ることになった。
この街で過ごしたのはまだあたしが中学1年だった頃だ。
父の郷里の広島で産まれはしたが、物心ついた時にはもう広島を離れ、その後も一つ所に落ち着くことのない渡り鳥の様な暮らしを続けていた。
両親は引っ越しの度に「新しい街へ行けるんだよ」と笑顔で幼いあたしをだまくらかしていたが。
年齢を重ねるにつれ、友達を作ることを覚えてしまったあたしはいつか別れの淋しさも覚えてしまってた。
「まさこちゃん、向こうに行っても私の事忘れないでね……」
小学校2年の転校の時クラスメートに泣きながら言われた時に初めて転校のもたらす淋しさを覚えて、小学4年の転校で泣きじゃくって親を困らせて。中学1年の転校からもうあたしは人生を諦めていた。
「あたしは友達を作れない星の下に産まれて来たんだ」
その後も転校を繰り返し、短大卒業後に努めた会社も業績悪化で長続きせず。
自分の人生から逃げ出すように舞い戻ったこの街。
特にこの街に思い入れがあった訳でも無いし。
ただ、勤めを辞めて「この先あたし何処に行ったらいいの?」
自問して、あちらこちらと自分の記憶の中の街の風景を思い出した時。
特に理由も感じなかったがこの街の事が思い出されたんだ。
田舎町で、こじんまりとした駅と。駅から真っすぐ伸びた直線道路の先2キロ強に建つ中学校。父はその中学校のすぐ近くの空き家を借りてあたしはそこから毎日学校に通っていた。
駅から伸びた直線道路と、校門前を横切る町道の交わる角に50絡みの女性が何時も店番をしている小さな雑貨屋があった。
独りで営んでいるらしいのに、毎日朝早くから店を開けて。
手製の総菜や、ピーナツバター、卵サラダを挟んだサンドイッチを可愛いショーケースに並べていた。
登校時には、寝過ごして朝食を食べ損ねた生徒に、昼食用のパンを買い求める生徒がその店からぞろぞろと吐き出されていた。
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