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「買い物かごと見知らぬ男」
「田丸、田丸だよな?」
突然話しかけられてあたしはレジ打ちの手を止めた。
やっと新緑が緑の息吹を囁き始めた5月。
インフルエンザを警戒したマスク姿も息を潜め初めて、また一つ無駄に年齢を重ねるのかと憂鬱な何時もの日曜だった。
突然話しかけて来たレジ台を挟んだ客を見たが、年の頃はあたしと同世代と思える男性に面識は無いと思えた。
(誰だったろう……)
「帰ってきてたんだな……」
(誰だったろう、思い出せない……)
すんとした顔立ちに細い眼に太い眉。
(どこか見覚えは有るような気はするのに……)
何か返事をしなくてはと思い記憶を探るヒントは無いかと男性のいでたちに眼を走らせる。
サイズオーバーではないのだろうが、ゆったりしたフォルムのくすんだ水色のジャケットに大きめのボタンが縦に四つ。
見た目、31のあたしと同じような年齢に見えるのに若々しさを感じさせるファッションが少し不釣り合いだ。
「悪い、仕事の邪魔だよな?」
青年は苦笑してトレイに札を乗せる。
「いえ……」
思い出せないあたしは微妙な笑顔を返してその場を誤魔化した。
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