声優の理想と現実

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 専門時代お世話になっていたプロデューサーがいる。  お髭を蓄えたロマンスグレーの髪がふさふさの、優しい笑顔が印象的な人だった。  ある時、友達がその人とご飯に行くことになり、キャスティング権をもつその人と仲良くなれば、仕事に繋がるかも知れないと淡い期待を抱いていた。私も、友達も。  深夜かかってきた電話口で、友達は声を殺して泣いていた──話を聞くと、ご飯の後無理矢理ホテルに連れ込まれそうになったので、思いっきり振り払って何とか逃げてきたのだと言う。  終電もなく飛び込んだ漫画喫茶のトイレで、胃の中のモノを全て吐き出した彼女の絶望は……どれほどだったのだろう。  ご飯の時に、嫁や子どもの話を楽しくしていたのに、ディナーが終わればその口でホテルに誘うなど、正気の沙汰とは思えない。  馬鹿みたいに女を自分のまわりに侍(はべ)らすプロデューサーもいた。女達は次の仕事に繋げるため、その豚に媚びへつらう。そんな異様な空間を離れた場所で眺めていると、私は何でこんな所にいるのだろう…と、暗い気持ちになった。  『恋愛は芸の肥やし!』を免罪符に、不倫や浮気をなんとも思ってない人に、結構な割合で出会った。たまたまかも知れないが……その度に心にチクチクと刺がささる。  人を傷つけても自分が良ければいいという精神に反吐が出る。別れて一人になってから好きにすればいいのに、あっちもこっちも。バレなきゃ大丈夫~みたいな人達の話にウンザリした。  私が専門時代に思い描いていた理想と現実はかけ離れすぎていて。  想像もしなかった人間の醜く、汚い部分が見えすぎて…心はどんどん疲弊していった。
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