声優の理想と現実

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   さらに追い討ちをかけたのが、金銭面だった。  正社員として働いていたので、月給もそれなりにもらっていた。  声優の仕事が月に1回とかの時はまだ良かったが、急に3日後に声優の仕事が入ったりして会社を休まなければならない。そんなことが何度もあると、さすがに社会人としてやっていけないし、お世話になってきた同僚に迷惑がかかる。夢のために上京したのだからと、退社し私はバイト生活になった。  アルバイトとはいえ、急に休みを連発する人間を雇い続けてくれる所はなくバイトを点々とした。声優としての仕事は楽しくやりがいもあって、充実したものだったけれど、自分を良く見せようとする気合いが入りすぎて、毎回少しずつだが確実に負担が重なっていく。  そして、声優の仕事のギャラは半年後。  だんだん家計は苦しくなり、心は病み、引きこもるようになった。  キラキラ輝く夢は、現実には存在せず、ただ疲れた心を支配するのは醜い他人、そしてそんな他人と自分を比べる醜い自分の姿だ。  私は人から見れば、声優としての仕事もして、マネージャーとも仲良く、コミュニケーションも取れる人だと思われていたのかも知れない。  しかし、そんなものは、全てまやかし。マガイモノだ。  自己肯定力の低い私は、ガチガチに心も外見も武装していて、『自分』なんてどこにも無かった。嘘で塗り固めた会話と、貼り付けた笑顔が、心を重くしていった。  私は恋に恋するように、夢を見ていたかった。  突きつけられた現実から、目を背けたかった。  逃げるように事務所をやめ、受けていた単発の仕事を放り出し、お世話になった人達に迷惑をかけるという、最低最悪の形で声優をやめ故郷に帰った。  何だかんだと言ってきたけれど、私は『夢』を美化してキレイなものだと思い込んでいた。  理想と現実は違うのだからと対応出来る柔軟性も、残念ながら持ち合わせていなかった。  そして、私は『自分』を信じてあげられる心の余裕を無くしていったのだ。  
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