やまない雨と猫は見ていた。

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 笑っているのに、泣いている?(※2)  人間は嬉しいときに泣ける。  悲しいときには笑顔を見せる。  これは人間だけが持てる感情の表現だ。  今の佐藤さんはどっちだ?  嬉し泣きではない。  悲しいから笑う。  なぜ、笑うの?  野良猫である私の本能が告げる前に、私はピンとひらめいた。  別に好きでもない相手と毎朝、杉並木に挟まれて鬱蒼とした狭い道ですれ違っていられるわけがない。  佐藤さんも山田くんのことを異性として意識していたのだ。  それからしばらく佐藤さんだけを観察すると確信が持てた。  そうだ。  そうだろう。  そうだった。  お互い恋に落ちているのに立ち止まっている姿を見せられると、野良猫でも大変もどかしい、ああ、歯がゆい。ここは私が恋のキューピットならぬ、恋のニャーピットとして活躍してやろうかと思ったが、やめておいた。  毎朝道ですれ違うだけで満足しているようなこの二人は、別の角度から見るととても不安定に見えて、私が余計なことをするとその関係が壊れてしまいそうだった。(※3)  二人が目を合わせ、そして、どちらからでもいいから朝の挨拶の一言が口から出る。  そこに他の誰かの力が働かずに、自然とそんな風になるちょっとしたきっかけがほしいものだった。  今朝も山田くんと佐藤さんがすれ違った狭い道の真ん中で、私は天を眺めた。  雨が、降り出した。  その雨はなかなかやまなかった。  やまない雨。  二人はそれぞれ傘を差して、やまない雨の今朝も道ですれ違う。それだけ。  その光景を見る私、野良猫に傘はない。  特に何か事件が起きるわけでもない。これで自分だけが雨に濡れているなんて、さすがにバカバカしくもなってきたので、今朝の私は二人が道ですれ違う前にその場を退散しようとした。  すると、その時、私の頭上がさっと暗くなった。体に当たる雨粒も途絶えた。なんだろうと思って私は顔を上に向けたら、なんと山田くんが私に傘をさしかけていたのだ。  いつも朝の道ですれ違うだけの山田くんが突然、そんな珍しいことをすれば、佐藤さんも気にしないわけにはいかない。  佐藤さんが私たちの様子を見に近寄ってきた。  私の耳には、寄り合う山田くんと佐藤さんの傘に当たる雨粒が、ドッドッドと、心臓の鼓動のようにも聴こえた。  こうして二人は初めて真正面から目を合わせることになった。  この二人に共通する時間と空間が生まれた。  邪魔しちゃいけないと思って、私はその場を退散した。  一匹になった私は天を仰ぎ見た。  やまない雨は、天の采配だったのかな。(※4)  やまない雨は、しばらくして、晴れ晴れとなった。 <終わり>
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