やまない雨と猫は見ていた。

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 私は野良猫である。野良猫の私だ。  私たち――人間からは動物と言われる生き物――は、「他者にはない、自分にしか表現できないものを持っているぞ」という自信があるんだろうな。だから、異性に告白しようと思い立てるのだ。  その自信が正しかったでOKをもらえるのか、それとも、間違っていたからで振られるのか、いずれにせよ、どちらにせよ、相手が意識せずとも自分の自信は必ず伝わっているはずだし、その自信ある告白ができるって者は魅力があるということであり、何も失うものはないのだ。  そう。動物であっても、人間であっても、好きですと告白することにおそれることは何もない。  あの人間の少年にもそれはわかっている。頭ではわかっているはずなのだが――。  毎朝、決まった時間に、杉並木に挟まれた車一台分しかない幅の狭い道を、一人の少年と少女がすれ違う。違う学校の学生服姿だ。この狭い道は、彼と彼女には通学路だった。  少年の名前は何と言ったかな。ただの野良猫の私にはそれを知ることができなかったので、仮に山田くんと呼ぶことにしよう。少女は佐藤さん、で。  私も毎朝、杉の木の影から、山田くんと佐藤さんが道ですれ違う場面を眺めていた。  その際、どちらも相手に目を向けることがなく、沈黙して、涼しげな顔をして歩き去っていくのだった。その光景は、猫の私の目には、「向かってくる相手を無視するように、その横を通り過ぎるなんて、おかしいだろう」と、実に奇妙に映って見えた。  そんな二人に興味が湧いてきて、毎朝二人のすれ違う場面を見るようになったのだが、ある日、ふと私は感づいた。山田くんは佐藤さんとすれ違う瞬間、その体にわずかな緊張感が走っていたのだ。  それは――、  敵対心?  警戒心?  野良猫である私の本能が告げた。  山田くんは佐藤さんのことを異性として意識しているのだ――と。  佐藤さんとはただ道ですれ違っているだけ――を生きがいとしていく山田くんの姿は、観ていてとても愛らしかった。  私の目には山田くんが丸裸に見えるようになったのである。(※1)  では、佐藤さんはどうだ。彼女はよくわからない人間だった。心の内側を見せないように服を着ている。なかなか丸裸に見えなかった。  もしも、佐藤さんは、毎朝道ですれ違う山田くんのことを「興味なし、いないもの」として扱っていたとしたら、私には愛らしく見える山田くんのことだから、それはちょっと残念だなと思えた。  しかし、まあ、山田くんは佐藤さんを意識しているのに、佐藤さんとはただ道ですれ違うだけなのだから、いないものとしているのはお互い様だ。  ところが、ある日の朝、私は今朝もまた二人が道ですれ違う場面を眺めていたのだが、佐藤さんは山田くんとすれ違ったあと、杉の幹にはりついていた私に目を向けたのだ。  私は佐藤さんと初めて目が合った。そんな彼女が少しだけ切なさそうな笑顔を見せたとき、もう、私の頭が混迷してクラっとした。
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