夜桜管理組合

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御苑というのは元々皇室が所有する庭園の意味で、時代が時代なら侵入すれば不敬罪で大変なことになるわけだが、今はもう廃止されているし私がこれから侵入する場所は今は環境省のものなのでただの不法侵入となる。 あいにく私はボンドやハントのようなエージェントではないのだが、御苑の方もペンタゴンでも政治家の隠し金庫でもないので侵入することはそう難しくないだろう。普通に入って閉園時間を過ぎてもこっそり隠れていればこれだけ広く隠れやすい場所で見つかることはそうないとも思うが、山で暮らしている人間は死体を山に捨てることはないという話もあるしやはり深夜に外から忍び込む方が安全だ。 夕方のうちに周辺を散策して侵入経路に当たりをつけておく。入口周辺にはさすがに監視カメラもあるが3キロ以上ある外周を全て監視しているということはないだろう。見たところ柵に防犯装置がついていることもなさそうだし、裏通りに面してる場所なら人目も問題ない。 漫画喫茶で仮眠を取り終電の過ぎた時間帯を見計らって侵入スポットへ向かう。平日の深夜だというのに駅前や繁華街は賑やかだったが、一本路地に入ればそうでもない。目の前を歩いてる男が過ぎ去ったら行動に移すとしよう。 しかし男は私のことなど目もくれず当然のように柵をよじ登り御苑の中に消えていった。思いがけない出来事にしばし固まってしまったが、よく考えれば私と同じように侵入を考える人がいても不思議ではない。 手慣れた様子を見ると常連だろうか。そう考えるとこの侵入経路の安全は確保されたようなものだ。少し時間を空けた後、前後左右を確認して先ほどの男と同じように身体を使い柵を飛び越える。 柵は飛び降りて見ると意外と高く着地に失敗し尻もちをついてしまった。しかし足も尻もどうやら問題なさそうだし、草木を育てるための栄養満点の土は大きな音も吸収してくれた。 目が慣れるのをじっと待つ。やはり暗視ゴーグルくらいは持ってきたほうがよかったかもしれない。近くに警備がいなさそうならスマホのライトで少し照らすか。いや、それはさすがにリスクが高すぎるかしら。 人間の目とはよく出来たもので時間をかければなんとか歩くのに問題ないくらいの視界が確保された。目当ての桜はここからちょうど真反対の位置だから普通に歩いても結構かかる。周囲の音に注意しながらゆっくりと歩き始める。 散った桜の花びらがコンクリートに敷き詰められ絨毯のように歩く場所を示してくれる。この光景を見れただけでも忍び込んだ甲斐があったかもしれない。 しかし本命まだ先だ。急ぐ足、高鳴る鼓動、このワクワク感はなんだか懐かしい。社会人になる前はよく色んなライブに行ったがあの入場列が動き出した時のそれだ。楽しみが逃げるわけでもないのになぜか焦ってしまう。そういえばもう随分と感じてなかった。 その時、視界の端で何かが動いた。動物かと頭をよぎった次の瞬間には顔一面に強い光が当てられていた。
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