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妹のつぶやき
全くおにいちゃんの惚れた相手が、女装の男の子だったなんてちょっとビックリ。それもまさか、自分が頼まれて引き受けた仕事がらみだったとは。そこは黙っていることにしよう。わたしの趣味のゴスロリを、あえておにいちゃんにばらすこともないし。
お食事の相手や買い物を頼まれて、いつもいく長谷川のおばあちゃんのところに、たまたま高校生のお孫さんが寄り道をしておばあちゃんの顔を見に来た時に、わたしが「なんでも屋」だということで『お願い』があるというのが発端だった。
「実は女装をしないといけないんですが、どうやったら女装ができるのかわからなくて・・・。あの、どれくらいお金がかかるかとか、どんな服とか全然。相談に乗っていただきたいのですが。」
そんな感じだったかなあ。
おばあちゃんもその話を聞いていたんだけど、にこにこしながら「おやまあ」「あらあら」というくらいで、男の子の孫が女装しようっていう話に全然動じる気配がないのが、なかなか肝っ玉の太い人だと思ったっけ。
見た感じ、卵に目鼻っていうのっぺりつるんとした顔立ちで、男子高校生にしては髭もまだそんなに目立たないし、髪はストレートボブで男子にしては小柄。割と細身な体つき。この子が女装できるかできないかって言ったら、メイクをパチッと決めてやればイケルとみた。高校生相手に普通の料金を請求するのもアレだから、衣装のクリーニング代やメイク代などなど実費でっていうことにして、あとは私とツーショット写真をとればOKという、かなりお安い値段にしてあげた。
「つくもさん、そんな料金でいいの?私が出しましょうか。孫の依頼ですし、ご無理をさせては申し訳ないですし。」
「ああ、いいんです。こういう依頼は初めてですから、お試しってことで。」
あ、つくもっていうのは私の名前。百山つくもがフルネーム。おにいちゃんが一(はじめ)だから、二人合わせて100ってふざけた名前を親はつけたもんよね。最初は私の名前は漢字で九十九ってするつもりだったらしいんだけど、女の子だから平仮名にしたらしい。全く、親の顔が見てみたい・・・っていうのは冗談だけど。
そぉ、あのゴスロリ衣装はわたしの持ち物。時々、ゴスの衣装を着て都会にいくのが気晴らしっていうか、わたしの趣味ってわけ。まさか、そんな依頼が来るとは思ってもいなかったけど、私は女子にしては肩幅がある方だし身長も、そこそこあるから手持ちの衣装でなんとかなりそう。
ちょっとお孫さんに立ってもらって姿見の鏡の前に来てもらう。うん、私とそれほど変わらない肩幅だし、多少の調整は効く服があるから、そういうのを何着か持っていけばいけるでしょう。あとはっと・・・
「ああ、黒い皮靴って持ってる?靴まではさすがに私の持っているのではサイズが合わないと思うんだけど。」
「はい、僕身長のわりに足は大きめで26.5なんですけど学校の指定の靴が黒の革靴だから、それでいけませんか。玄関にあるんで見てください。」
玄関を見ると確かに黒い皮靴があった。きちんと手入れがされていて、ピカピカに光っている。なかなかしつけのいいお家と見た。靴にこういう手間の掛けられる家庭って意外と少ないのよね。
うん、まあこれでいいか。運動靴しかないっていわれるとちょっと面倒だったけど。
頭の中で自分の手持ちの衣装で良さそうなのを何着かリストアップして、この服なら持ち物はあれをもったらいいかなとか、自分の服を自分以外、しかも男子に着せるのは初めてだから、ちょっとワクワクドキドキ。
そんなこんなで、あの日はおにいちゃんを墓参りに送り出してから学校に行って生徒会室で衣装をえらんでもらってた。そのあとでメイクと着付けをしてやって私もゴスで行ったから、ふたりで写真撮ってっていうところまでは私も学校にいたから知ってるけど、その後そんなクエストをやってたなんて全く知らなかった。なんかの罰ゲームかイベントなんだろうくらいにしか思ってなかったし。
事情を詳しく聞かなかったのは、そういう趣味でもないのに女装をしなきゃいけないっていう男子の心をおもんぱかって、あえて根掘り葉掘り詮索がましいことはいわなかった。あんまり依頼主のプライバシーに立ち入るようなことをしないのも、この仕事には大事だし。
貸してあげた傘や衣装は、後日おばあちゃんのお家に届けておいてくれたら、回収するからっていうことにして、私は学校を出て家に帰って、墓参りに行ったおにいちゃんが帰ってくるまでにメイク落としたり着替えたりしてたったわけ。あ、もちろん車で移動したんだけど、それでもゴスの服着ているのが丸わかりだとイヤなんで、長めのコートみたいなマントを羽織っていったけどね。意外と世間って、ゴスロリの服装に対する許容度が低いんだよね。だから彼にも、マントを1枚渡しておいたけどそれはほとんど使わなかったらしい。「このメイクした顔なら僕だって分からないだろうし。」っていうのが男らしいというか、なかなか腹が座った子だったな。さすが生徒会長ってところ?だから、この件はそれでもう終わりと思ってた。
それがまた「もう一回あの衣装を着ることになってしまったので、お願いできますか」っていう電話をもらって、びっくりよ。今度は、よくよく事情を聴くと学校の要請でプロモーションビデオを作ることになって、そこにあの姿で登場するってことらしい。学校のプロモーションとしては、かなりインパクトがあるだろうというのは想像に難くないけど。今度は学校からお金が出るらしいんで、しっかり請求してくださいっていわれたし、断る理由もないから引き受けましたとも。
プロモーションの内容は、あのゴスの衣装を着てピッチャーでマウンドから投げ込むのとサッカーでゴールを決める、この2つらしい。ゴスを着てスポーツって私はやったことないけどなあ。だいたい、そういう服じゃないし。まあいいか、万一衣装がダメージを受けたら弁償していただけますね?って念を押しておいた。何回か着た服とはいえ、買えばそれなりに高いんだし。
当然OKということで商談成立。
この前と同じように学校内の生徒会室で着替えを済ませてメイクもしてから運動場に学校の車で向かった。今度は私は普通の格好をしていったけどね。学校のプロモーションなんだから、わたしがゴスを着る必要はないわけだもん。え、この前は、まあノリってやつかな。自分のゴスロリ服を着た女装の男子学生とのツーショットもしたかったし。今回は、そういうお遊びは無し。
この学校は運動場が校舎から少し離れた場所にある。授業では校舎からランニングしていくらしいんだけど、さすがにこの格好の生徒を無駄に世間にさらすわけにはいかないのと、プロモーションのインパクトのために、こっそりって感じ?学校から撮影機材を乗せた車にみんなで分譲していった。私もメイク兼スタイリストってことで、ついていったわけ。
グラウンドについて、メイクや服のチェックをしてからマウンドに立ってグローブを構えたゴスの女の子の絵は、なかなかミスマッチでいい味を出している。ホントは男の子なんだけど、どこからみても女の子に見えるのは、私の腕と素材がいいってことで。
聞けば彼ったら見かけによらず少林寺の師範らしいから、ピッチングフォームもなかなか綺麗。撮影班も、彼(彼女?)が振りかぶって投げるたびに「ほぉ・・・」とため息や感動の声を漏らしている。学校の裏からちょっと入り組んだ細い道の先にあるグラウンドなんで一般人はあまり来ないようなところだから、安心して撮影できるらしい。生徒会の連中も本人も「誰もわざわざ見に来ないですよ、あそこは。」って言ってたから、のんびりと撮影は進むと思ってた。
まさかそんなところに、おにいちゃんが現れるとは・・・。
遠くのフェンスだったし、こちらは陰になるところにいたから、向こうはまさか自分の妹がいるなんて思っていないだろうけど、こちらからはよく見えた。体育の先生が走って行って追っ払ったようだったけど、きっとゴスロリの真っ黒なのを着た生徒会長は目に入ったろうなあ。まあいいか、特に問題はないんじゃないかな。わたしが関わっているなんて知らないんだし。
そのあとは順調に撮影が進んで、サッカーのほうも無事終了。もちろんその間にメイク直しや、スカートのしわや汚れのチェックなんかもしている。最後に少林寺の型の披露なんかも、おまけにしてくれた。なかなか倒錯的な感じで、あれだけでも一本映画が作れそうだな、なんて撮影に来てた人たちが喋っていたけどね。本人が「これは学校の校則を変えるためにやっているだけですから」とキッパリと断っているのも聞こえてきた。個人的には、惜しいと思うけどね。マニア受けしそうな映画になると思うけどなあ。
そのあとしばらくたったころだった。前に染み抜きをしたハンカチがクリアファイルに挟まったまま、テーブルの上にのっていた。
「これ、女の子に返すんじゃないの?」って聞いたら、おにいちゃんはどんよりした顔で「もぉいいんだ。」っていうから、どうやら彼女の正体が分かったのかな。おにいちゃんを騙すつもりじゃなかったけど、結果的にはなんかちょっと罪悪感を感じるなあ。今度、かわいい子がいたら紹介してあげようか、なんてことをチラッとおもっちゃった。
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