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幻の女の子?
またあのゴスロリファッションの女の子に会えないものかと思いながら、何日か経ってしまった。
あの黒目勝ちのきりっとした目や揺れるストレートのショートヘア(ボブっていうらしい)、ふわふわフリフリのスカートをひるがえして自転車に乗って風のように去っていった姿。分かっているのは「しらとりれい」という名前だということくらい。それもローマ字で書いてあったから、漢字で書いたら「白鳥麗」なんじゃないかと勝手に思っているだけだ。
あれは夢だったんだろうか・・・。
そんなことを思うくらい非日常の経験だったけど、そのあとは特に何もなく日常が過ぎていった。「何でも屋」の仕事もなかなか忙しかった。迷い猫のビラを貼らせてくれるお店や掲示板をさがしたり、空き家になっている実家の風を通しに行ってくれという仕事が入ったり、ついでに草むしりをしてくれとか、変わった依頼では誕生日を一緒に祝ってほしいとか。
もちろん誕生日うんぬんっていう仕事は妹にまかせる。自分が行っても、知らない人の家に行って初めて会う人の誕生日って何話せばいいかわからないし、祝うっていわれても黙ってしまうのがオチだ。そんなの向こうも気まずいだろう。
あの日は「墓参りに行きたいけど遠いので、代わりに行ってきてほしい」という依頼だった。最近、時々こういう依頼がある。行けるところなら交通費やお花代など別途請求ということで引き受ける。あんまり遠いところだと断ることもあるけど、基本的には来た依頼はきちんと条件さえ折り合えば引き受けている。たいていは友人の紹介だったり、前に引き受けた依頼主からの口コミだったり。あまり手広くやっても人手が足りないし、妹と二人でやっているので、それで十分だった。
墓参りだから、お花をもっていったりお線香を持っていくのは当然として、お墓の周りの草をむしったり掃除をしておくというのも料金のうち。ちゃんとお墓の写真を撮って、綺麗になったところを依頼主にみせたりプリントアウトするなんていうこともやる。
一番難しいのは、たくさんのお墓のある霊園で依頼主も場所が良く分かってないとき。間違えてはいけないし、簡単そうでなかなか難しい。どんな仕事も大変なことはあるだろうけど、お寺の敷地にある墓ならお寺の人に聞くということもできるが、霊園だとそういうこともできないところが多い。
今回の依頼人のお墓は珍しい名前の人なんで、だいたいの場所が分かればなんとかなるだろうと思って行ったのだけど思いのほか霊園が広くて、Bの5という区画だというので、そこに一番近い駐車場に止めて、B5の区までたどり着き、さらにそこの区画の中から依頼主の墓を見つけるだけで思ったより時間がかかった。
なにしろ見渡す限り、墓ばっかり。
この大春山と呼ばれる地域全部が墓といっても過言ではない。だから「大春山に行ってくる」というのは「墓参りに行く」とほぼ同義。
口の悪い地域の人間たちは「大春山」なんていわずに「おおはか山」と呼んでいるようだ。夏場に肝試しをした、なんていう学生たちもいるようだ。B5区画ではないらしいが、「たたられる」と有名な場所もあるとかないとか。どうせ学生たちの都市伝説なんだろう。
「あそこに肝試しにいったあと体調が悪くなって医者に行ったら盲腸で緊急入院した。」
「夏の夜に墓場で花火をして騒いだら、帰りに事故って足を折って全治3か月。」
「墓で立小便したやつがテストの当日に熱を出して留年したらしい。」
なんていうのが、まことしやかにささやかれているらしい。
そんな噂の霊園でゴスロリの女の子が自転車で突っ込んでくるっていうのは、祟りなんだろうか?真昼間から幽霊やオバケが出るわけもないし、だいたいハンカチでけがの手当てをしてくれるなんて親切な妖怪っていうのも聞いたことがない。
手のひらの傷は段々治ってきているのが、なんとなく残念な気がする。でもあの子のハンカチはちゃんと洗ってアイロンをかけて、あれ以来、いつ出会っても返せるようにしてある。
妹に話したら最初は「おにいちゃん、夢でも見たんじゃない」って言われたが、ハンカチを見せると半分くらいは夢じゃないらしいと納得した顔をしていた。
でもそれからが、アレコレうるさかったな。真っ黒のフリフリのスカートはゴスロリっていうんだとか、その下に白いフリフリが一杯あるのはパニエっていうんだとか、おかっぱじゃなくてボブカットっていうんだとか、ひとくさりファッション用語を聞かされた。そんなの知るわけないだろ。知らなくたって困らない。
「おにいちゃん、なんもしらないのねー。それじゃーもてないわよ。」
「うるさいな、大きなお世話だ。おまえこそえらく詳しいじゃないか。」
「え、そ、それくらい女子なら知ってて当然よっっ。」
なんか急に慌てたように口を濁すのは、なんか怪しいと思ったけど口でかなうはずがないから、あんまり突っ込まないことにしておいた。
「おにいちゃんこそ、パニエまでみるってヤラシイわー。」
「いや、その、転んでだな。それで見えただけだって。」
「意外とスケベねー、おにいちゃんも。」
「うるさいな。別に見たくて見たわけじゃないっ。」
「はいはい、そーゆーことにしておきましょう。」
全く妹と口で勝ったことはないから、もう黙っておく。
そのあとも妹は、なんだか色々とぶつぶついってた。
「そんなゴスを着る子なら、もうちょっと素敵なレースのハンカチを持ちそうなものなのになあ。これ、ふつーの白いハンカチじゃん。イニシャルはいってるねー。R.Sか。ふーん。」
でもハンカチについた血をみて、しかたなさそうに「とりあえず染み抜きして洗っておいてあげるわ。アイロンがけは自分でやってよ。」なんて言って、綺麗に洗っておいてくれたんだから感謝しないとな。
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