再会

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再会

妹に洗ってもらったハンカチは、血のシミも綺麗になって新品同様にみえた。 妹は前にクリーニング屋でバイトしたこともあるから、そこで覚えたテクニックを使ったらしい。依頼先で洗濯物なんかを頼まれることもあるんで、物によってはシミも綺麗にあらってあげて喜ばれて余分に料金をもらえることもあるみたいだ。 洗剤の香りか染み抜き剤の匂いか、ハンカチを鼻に近づけるとふんわりといい香りがする。なんとなくあの女の子の香りのような気がしてデレデレっとした顔になってしまう。 どこで会っても返せるように、いつも持ち歩くカバンの中のクリアファイルに挟み込んでおいて、時々ながめては女の子のことを思い出す。妹には「ゴスロリの女の子っていうだけじゃ猫を探すより難しい」なんていわれたけど、きっとどこかで会えるんじゃないか。そんな根拠のない自信だけはなぜかあった。 そうはいっても、写真があるわけでもないし、確かに妹が言うように猫より探すのは難しいかもしれない。それでも仕事の合間に、またあの霊園に行ってみたりもしたけど誰もいないし、ただお墓が並んでいるだけだった。自転車に乗っていたんだから、近くに住んでいるんじゃないかとも思って、そのあたりを歩いてみたところで出会えるわけもなかった。 そんな日が何日も過ぎたころ、また仕事の依頼があって少し離れたところに出かけなきゃいけなくなった。庭の木の枝を切ってほしいということで、脚立や枝切りばさみを車に乗せていく。初めての家なので依頼を受けてから、一度下見に行くことにしてある。前に依頼をしてくれた人からの紹介だけど、行くのは初めての場所なんで、まず車を止めるところがあるのかということから、どんな木があってどういう風に切ればいいかという話なんかもして、ざっと打ち合わせをしないといけない。 車を止めてもよさそうな場所があったので、そこに車を止めた。打ち合わせの時間までまだ余裕があったので、ついでにその周辺を歩いてみる。これは次に来た時のため。車では見落としそうなことも歩いていると目に入るし、土地勘がつくから必ずやっている。少し歩くと細い道があって広いグラウンドのあるところに出た。どこかの学校の運動場らしい。道から離れて一番遠いところにバックネットがあってスコアボードがあるので、どうやら野球のグラウンドなんだろう。人が集まっているけど、ユニフォームや運動着の学生って感じじゃないのが混ざっている。なんとなく野球をやっているのとは違う雰囲気が漂っているので不思議に思って近寄ってみた。何をやっているんだろうって気になるじゃないか。 好奇心を押さえられずに、フェンスにフラフラ近寄ってみるとマウンドに女の子が立ってる。黒いスカート姿、おかっぱ頭、いや、ボブっていえって妹に言われたな。あの子じゃないか?グローブをはめて振りかぶってボールを投げている。制服姿の子たちがそれを見ているようだ。スーツ姿の人は先生だろうか。一体、なんであの子がピッチャーをやっているのか分からないけど、とにかくもっと近くで見ようとバックネットのほうに行こうとした時だった。 「すみません、部外者の方はご遠慮願えますか。」 丁寧だが、有無を言わさぬ口調で声をかけられたので振り向くと、そこには、ジャージの運動着を着た体格のいい見るからに体育会系の先生がいた。 「あ、あの。すみません、あそこに知っている人に似ている人がいたので・・・。」 「学校のプロモーションビデオを作っているんで、申し訳ありません。」 「あ、その、怪しいものでは・・・」 「お帰り願えますか?」 なにしろ筋肉自慢のがっちりした先生と、ただのひょろひょろな一般人では、かもしだす圧力が違う。有無を言わさず、ていよく追っ払われてしまった。そのあと、枝切りの打ち合わせの時間もあったので、おとなしく引き上げた。打ち合わせが終わったら帰りにもう一度来てみよう。 学校のプロモーションビデオって言ってたなあ。あの子も生徒なんだろうか。 セント・ジョンズ高校グラウンドって出ていたから、セント・ジョンズ高校の生徒なんだろう。でも制服を着ていたわけじゃないから生徒じゃないのかもしれない。プロモーションビデオって言ってたから、そういう業界の子なのかもしれないな。モデルとかアイドルとか、うん、そうかもしれないなあ。あんなにかわいいんだもんなあ。芸能人やアイドルや女優に興味がないから知らないだけで、有名な子なのかもしれない。 いやいや、そんな子が大春山霊園で自転車で突っ走っていったっていうのも変じゃないか?でも、あれもなにか撮影をしていたのかもしれない。あれ、でも近くに撮影しているような人がいたっけなあ。ひょっとして遠くから写していたのかもしれないけど、そうだとしたら、撮影の邪魔をしたのかな。そうだとしたら、悪いことをしたなあ。 そのあと依頼のあった家に行って打ち合わせをしてから、グラウンドのほうに戻ってきたけど誰もいなかった。当たり前といえば当たり前か。そろそろ日が傾いて薄暗くなる時間だ。そんな時間まで撮影しているはずがない。誰もいないグラウンドを何度も振り返りながら、その日は家に帰った。
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