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再びの出会い
そのあと、しばらくたち手のひらの傷もすっかり治ったころだった。地元の高校生たちが下校する時刻なんだろう、駅前は学生服であふれていた。迷い猫がなかなか見つからなくて、範囲を広げてポスターを張ろうと駅の近くでポスターの貼れるお店や掲示板を探してウロウロしていた時に、人混みの中に見覚えのある髪とバッグが目に入った。あれは、ゴスロリの女の子じゃないか?そう思いこんで、後先見ずに声をかけてしまった。
「ちょっと、あの、君、しらとりれいさん?」
おかっぱ頭、もとい、ボブカットと見覚えのあるカバンで、つい声をかけてしまったが、振り向いた顔は特徴のないのっぺりとした、例えるならこけしのような顔だった。なにより、小柄ではあるけど間違いなく男子学生だったので、明らかに別人だ。なにやってるんだろう、俺。ちょっと自己嫌悪。
「あ、ごめん。すみません、人違いです・・・」とごにょごにょ口ごもりながら、その場から離れようとしたのだが、その子がつかつかと近寄ってきたので逆に驚いた。
「この前、大春山霊園でお会いした方ですね。」
え、するとこの子はやっぱりあのゴスロリの、いや、そんなはずはないだろう。あれは女の子だったし、しかももっとぱっちりした目でまつげも長くてまるで人形のようにきれいな子だった。いや、人形っていってもこけしじゃなくて、フランス人形のほうだし。僕が頭の中でこの展開の意味を考えて混乱しているのが分かったのだろうか。向こうから話し出した。
「すみません、驚かせてしまって。あれにはちょっと事情がありまして。口外しないとお約束くださるなら、お話しますから。あそこの公園に行きませんか。」
本当にあのゴスロリの女の子がこの子なのか、半信半疑のこちらのことはお構いなしで、腕を掴まれて意外と強い力で引っ張られて駅のそばの図書館の横にある、人のあまりいない小さな公園のベンチに二人で並んで座った。
「まず僕の自己紹介をさせていただきます。セント・ジョンズ高校の生徒会長をしている城取零人(しろとりれいと)です。」
「あ、えと、ぼ、僕は百山一(ももやまはじめ)。あれ、「しらとりれい」っていう名前かと思ったんだけど、違うんだ。」
「ああ、今どきデカデカと自分の名前を正直に書いたかばんを持つのは危険ですからね。ちょっと紛らわしい名前にしてあるんです。」
紛らわしい名前で、僕みたいに声をかけてくるやつがいたら危なくないんだろうか・・・。
「僕、小柄なんで、たまに絡んでくるやつがいるんですけど、こうみえて少林寺拳法の師範ですからご心配なく。」
こちらの考えていることが分かるんだろうか。そういえば少林寺拳法の道場がどっかにあったな。そうだ、たしか「城取道場」って看板を見たことがある。なんか「城をとる道場」みたいでインパクトのある名前だなあって印象に残ってるんだ。そうか、あの道場の息子さんか。そんなことを思っている間にも、目の前の学生はきちんとした喋り方で、この前の霊園のことを謝っている。
「あなたの顔は覚えてましたから。お墓参りに来られてた人を驚かせてしまって、しかもケガまでさせてしまいましたから申し訳ありませんでした。だから、もしどこかでお会いすることがあったら説明しなきゃいけないかなって思ってたんです。」
たしかに墓参りに行ってたには違いないけど、それは仕事として行ってただけだが、まあそんなことは言わなくてもいいだろう。ぶつかりそうになって驚いて転んだのは確かだし、それで怪我したのも間違いはない。それでハートをわしづかみにされた、なんていうことは、もっと言わなくていいだろう。
「君、本当にあの大春山霊園で自転車に乗ってた子なんだ。あんな格好をしていたのは、一体・・・。」
「実は僕の行っている高校には伝統がありまして。生徒会長が毎年、学校に掛け合って校則を変えていくというものなんです。古くて時代に合わない校則がたくさんありますので。」
「なるほど。でもそういうのって難しいんじゃないかな。だいたい学校の先生って規則が多い方がいいと思ってる気がするし。」
「ええ。それで何年か前から学校側が生徒会長にクエストを出してクリアしたら校則の変更を認める、ということをまず確約させました。」
なかなか頑張った生徒会長がいるらしいな。セント・ジョンズ高校って言えば、この辺では有名な私立の進学校だから頭のいい生徒が多いとは聞いている。
「それにしても、学校からは無茶なクエストが出るんじゃないか?例えば全教科100点を取る、なんて言いそうじゃないか。ほかにも生徒には無理だろっていうのが分かり切ったこととか。」
「はい。だからそういう学校側がコントロールできそうなものはクエストとして出さない、というルールもあります。もちろん、高校生が法律上無理なこともクエストとしては無効です。」
ふーむ、そこまで詰めていく頭のいい生徒会長がいたのか。やっぱり進学校の生徒会長は違うなあ。
「それで今年は『生徒会長が女装して学校の周囲1キロ以上を回ってくる』ということになったのです。」
「それであの格好を。いや、でもあれって本当に君なの?いまさら聞くのもおかしいんだけど、どうみても君があの女の子とは・・・。」
「あはは。わかりますよ。僕だって、自分があそこまで変わるとは思いませんでしたからね。あの服を貸してくれた人がメイクもしてくれたので、本格的っていうか。僕もびっくりしましたよ、メイクが終わった後で鏡を見たら、自分じゃない顔が映ってるって変な気分でした。でもおかげで逆に恥ずかしくないっていうか、腹をくくっていけました。あ、これがメイクの動画です。万一、先生たちに別人じゃないかとか替え玉の女の子だろうとか難癖付けられた場合にって副会長たちが撮ってくれたやつです。」
スマホで動画を早送りで見せてもらったが、たしかに目の前のこけしのような顔の少年が、ファンデーションを塗りアレコレやっているうちに、おめめばっちり、まつげパサパサの美少女になっていく様子は本人以外もビックリだったろう。「惚れそう・・・。」ってマジな声で誰かがつぶやく音声まで聞こえてきた。いや、マジ惚れたやつがここに一名いるんだけど、それは黙っておこう。あまりにも自分が痛すぎる。
小柄で細い少年体形なのがよかったのか、同じような体格のゴスロリファッションの女の子がメイクとスタイリストをやってくれたらしい。条件は「自分とツーショット写真を撮ってくれること」で引き受けてくれたって、なんか僕の理解の範囲を超えているんだが、そのツーショット写真も見せてくれた。
フリルたっぷりの服装の女の子二人が手をつないだり腕を組んだり見つめ合ったり、一人は椅子に座ってもう一人はその後ろからしなだれかかる、みたいなやつとか何枚あるんだっていうくらい撮りまくってる。何も知らなかったら、単純にゴスロリ好きの女の子2人がポーズをとってる写真にしか見えない。しかも二人とも同じようなメイクで、そういう方面に疎い人間には見分けがつかないくらい、そっくりに見える。
いや、髪型が違うんで分かるといえばわかるんだけどなあ。一人はロングヘアだから。ロングヘアの子がメイクもしてくれたんだろう。
「ウィッグも貸そうかって言ってくれたんですけど、そこまでしちゃうと逆にリアリティが無くなるからって断りました。」
うーん、そのリアリティっていうのもよくわからんけど、たしかに髪型も違っていたら、絶対に分からなかったろうな。カバンだけじゃ、さすがに声をかけるのは止めたと思う。まだ目の前の男子高校生が「あの女の子」だったっていうのを納得しようとするので精一杯だし。
「信用してくれました?あの女の子が僕だったって。」
うなずくしかないじゃないか。
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