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あの日のゲーム
「ちょっと聞いていいかな?」
「なんでしょうか。」
「その、なんだ、それで校則は変えられそうなのか?」
「もちろんです。全部クリアしましたからね。」
「全部って・・・。女装して1キロ走るっていうだけじゃないのか?」
「基本的な条件はそれなんですけど、ちゃんと1キロ以上回ったという証拠品を持ち帰るっていうのがあったんです。チェックポイントが3つあって、どんなに最短距離で結んでも1キロ以上になるように場所が決められてたんです。1つ目のチェックポイントでは、このかばんが証拠品でした。第一チェックポイントにいる先生から受け取ることになってて。もちろんその先生も僕が女装しているところを見てましたから別人疑惑をかけられることもなく、カバンを渡してもらいました。それにチェックポイントには必ず生徒会のものと先生がペアで立っていることになっていたんです。お互いにフェアであるためには、そうしないと後から面倒ですからね。」
よく考えているなあ、この高校生たち。別の意味で惚れそう、いや違う違う、感心するっていう意味で。
「それから第二チェックポイントは、あの大春山霊園の第二駐車場の隅っこにある水くみ場だったんです。」
「ああ、それで自転車で勢いよく走ってきたわけなんだ。」
「ええ、平日の昼間だったんでお墓参りの人もいないだろうと思ってたものですから、思いっきりぶっ飛ばしてたもので。すみません、僕の不注意でお怪我させてしまって。」
「いや、その、こちらも誰もいないと思ってたからなあ。だけどまさか自転車があんなふうに飛び出してくるなんて思いもよらなくて驚いたよ。」
それで、びっくりしてしりもちをついたなんて、かっこ悪いことは言わない。あくまで、自転車をよけようとして転んだことにしておこう。この礼儀正しい高校生には悪いんだが。大人って悪いやつが多いんだぞ。
「でも、水くみ場に何かあったかな・・・。」
「桶を置く棚のところに、黒い傘がひっかけてあるから取りに行くっていうのが、第二チェックポイントでした。これは、服を貸してくれた人の持ち物なんで、絶対に取りに行かないとまずくて。」
そういえば、傘があったような気がする。誰の忘れ物だろうって思ったような気もするなあ。黒い傘だったから女の子の傘とは思わなかった。そういえば、最近は黒い日傘を持っているおばちゃんたちもいるか・・・
「それに僕も、あの格好はやっぱり恥ずかしいですから早く学校まで戻ろうと思って焦っちゃって。」
「ああ、それで水くみ場に直行しようとしたところに運悪く僕がいたってわけか。」
「ほんとに申し訳ありませんでした。水くみ場しか目に入らなくて気が付いたら人が目の前にがいるから、あわててブレーキかけたんですけど・・・。」
「ああ、いいって。もう、ケガもホラ。治ってるし。大したけがじゃなかったんだし。」
この話をするとまた謝られそうだから、あわてて話を変えた。
「第二チェックポイントには先生と生徒会の人がいたっけ?」
いくらぼんやり歩いていても人がいたら気が付くと思うんだが、あのあたりには誰もいなかったと思ったけどなあ。
「ええ、あの駐車場を見下ろせるところにいて、ちゃんと見てたんですよ。」
「そうだったんだ。」
駐車場のそばの斜面の墓の並んでいるあたりにでもいたんだろうか。まあきっとそうなんだろうな。
「それで第3チェックポイントにも、何かあるのかな」
「はい、次のチェックポイントはコンビニで何かを買うっていうことになってました。女装で買い物っていうのは恥ずかしいだろうって先生たちは思ったんでしょうけど、楽勝でしたね。だいたい恥ずかしいって思ったら、あんな格好できません。」
「なるほどー。しかしコンビニのトイレに行くっていうんじゃなくてよかったな。」
それを聞いて初めてくすっと笑い顔をみせた。
「たしかに。トイレに行くっていうのだったら難問でしたね。女装だから女子トイレに行くべきか悩んだでしょうし。もっともそれをチェックするのも大変ですけど。」
「たしかにそうだ。チェックする側も困るか。」
二人で声をあげて笑った。
「それで学校のプロモーションビデオもやったんだろ?」
「ええ、ご存じだったんですね。」
「たまたまグラウンドの近くに用事があってぶらぶら歩いてたら見えたんだ。先生に追い払われてしまったけど、やっぱりあれは君だったんだ。」
「そうだったんですか。校長に頼まれまして、断れなかったので。その代わり、校則の変更は大幅に認めていただきました。」
「そうなんだ。大変だなあ生徒会長も。」
「ええ、まあ。でも生徒会長になるときに分かってますから。学校側のだすクエストに挑戦することは。どんなクエストが出ても、うけて立つだけの覚悟がないと立候補できませんよ。」
見かけによらず芯の強い子だなあ。さすが少林寺拳法の師範だけのことはある。見かけは小柄で細いけど、人は見かけによらないってことか。僕なんて、そんな覚悟なんか高校生のころに持っていただろうか。いや、いまだって持っているなんて言えないし。なんだか恥ずかしい気がしてきて、それをごまかすように慌てて話をつなげた。
「でもきっといいプロモーションビデオがとれたんだろうな。」
「どうでしょうね。そうだといいのですけど。」
「でも生徒会長がやったってバレたら、大変じゃないか?」
「あれをみて僕だってわかる人、いますかねー?いたとしても、しらをきりますから。学校側も、男子学生にそんなことをさせたなんて知られるのはまずいでしょう?あれが僕って知っているのは生徒会の人間と校長と教頭くらいですから。他の先生はプロモーションのために呼んだ子だと思ってますし。」
「なるほど。僕もその髪型と名前入りのカバンじゃなかったら分からなかったよ。」
こっちをみて、にっこり笑ったらしい。日が落ちて薄暗くなってきて顔が陰になっていて良く分からないのだけど。でもその笑顔が、なんだかしょっぱい思いになる。全く女の子と思い込んで、のぼせ上っていた自分が恥ずかしいやら、決まりが悪いやら。勝手に惚れて勝手に失恋した気分だ。
「あの、猫を探しているんですか?」
ぼくが手に持っているポスターに気が付いたらしい。
「もしよかったら学校にも張らせてください。お詫びっていうのも変ですけど、なにかお手伝いさせてもらえると僕も気が楽になります。」
「そ、そうかい?それは助かるけど。」
「じゃあ、ポスターお預かりしますね。もし何か情報があったら、ここに書いてある番号に連絡すればよろしいですか?」
「あ、ああ。見つかったら連絡してくれると助かる。ほかで見つかったら学校に連絡すればいいかな?ポスターを外してもらわないといけないだろうし。」
「そうですね。それから、もしポスターを外さなきゃいけなくなったら電話しますので。」
「わかった。それじゃあ遠慮なくお願いする。」
これで向こうも気が楽になって、こちらも助かるからウィンウインってやつかな。
「それじゃ、僕、そろそろ帰らないと。」
公園も少しずつ暗くなって街灯に火が入り始めた。暗くなるまで学生を引き留めておくのは大人としてよくないだろう。
「そうだな。で、もう一つ聞いていいかな。どんな校則が変わるんだい?」
「髪型や髪の毛に関すること全部を撤廃です。」
「ああ、染めちゃいけない、パーマかけちゃいけない、長い髪はダメ、そんなところかな?」
「ええ、そんなところです。来年からですが、髪に関する校則は全廃になります。留学生もいますし、髪の色やヘアスタイルは他の人の迷惑になるようなものでは無いと思いますので。」
「そうか。たしかにな。髪型や金髪で迷惑する人間なんかあんまりいないよなあ。」
「それじゃ。」
そういってポスターをもった手を振って後ろも見ずにさっさと歩いていく姿は、さすがに生徒会長らしくきりっとしていた。どうみても男の子にしか見えない。実際、男の子だしな。あれが、あの女の子だったなんてスマホのメイク動画をみてなかったら、半信半疑だったろう。
「あ、ハンカチ・・・」
彼の姿が見えなくなってから、ハンカチを返し忘れたのに気が付いた。まあいいか、学校も名前もわかっている。それに男の子のハンカチだし、そんなに困らないだろう。これが本当に本物の女の子のハンカチだと、なんかいつまでも引きずりそうだが。別の意味で引きずるものはなくはないが、まあいいか。ゴスロリ女装の男子にであうことなんて、人生で滅多にないことだろうし。彼も「そういう趣味」だったわけじゃなくて、理由があってやらざるを得なかっただけだから、勝手に女の子だって思い込んだこっちが悪かっただけだ。うん、まあ別にこっちも悪かったわけじゃないよな。あえて言えば、運が悪かった。そんなところだよな。
そんな勝手な理屈をつけて、なんとなく失恋したような気分になりながらも、まだ何枚かある迷い猫のポスターを張れる場所探しに再び駅前に戻っていった。
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