序章/2

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序章/2

木の下闇に足を踏み入れ、下生えの妖しく密生する地面に、一歩、一歩、接する。素足を守る靴などない。夜明けを知らぬこのうつろな世界で目覚めた瞬間から、ずっと裸足のままだった。  幸い、肉体は無傷であった。(とげ)や毒性植物のたぐいとは、いまだ遭遇していない。禍々(まがまが)しい色彩を放つ赤い花と、慎ましく地表を包む雑草が、足裏の感知するすべての感触だ。  音もなく、果実が落ちる。完熟した木の実が頭部に衝突し、ひしゃげ、潰れ、冷えた果汁をだらしなく漏らした。  茫漠たる野を装飾する花に劣らず明敏(めいびん)深紅(しんく)が、丸い頭部から薄い胸へと垂れ落ちていく。血液の色だ。そういえば、においもどこかしら、血臭(けっしゅう)に似ている。  鉄錆(てつさび)の鈍い味が、開いた口端から口内へと侵入してくる。こわばる舌の真上に、濃密な汁気が乗る。不吉なほどに甘い果汁が食道を伝い下り、綺麗に、胃の()に収まった。  空は、清らかな闇色に囲まれていた。しかし、大地は、暗澹たる紅色に沈んでいる。可憐に揺らぐ花々も、茂る樹木の一群も、足裏に触れる雑草も、一律に、血潮のような赤で染め抜かれていた。  枝も、幹も、根も、赤い。濃淡の違いこそあれ、地上に根づく色は総じて、赤い。他の色をいかに恋い慕っても、視界の下層は常に、血の色で塗りつぶされている。  ときわ木の歌が聞こえる。「あなたは誰、どうしてここにいるの、いつからここにいるの、どうしていつもひとりなの」と、甘さをまじえたさやけき声音で問いかけてくる。
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