アイデンティティ

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アイデンティティ

 あれから数日経ったが依然として返信は来ない。僕は普通の日常に戻った。学校へ行き授業を受け家へ帰り明日の準備をして眠る、何も楽しくのない生活だ。この日も何をするわけでもなく家へ帰り部屋で一人彼女とのトーク画面 を眺めた。次の日学校へ行くと彼女がいた僕は声をかけずにはいられなくて直ぐに声をかけた。 「ねぇ、メール」 彼女は振り向きもしない、そんな彼女に腹が立ったあれだけ僕のことを振り回しておいてこの仕打ちか。もう二、三度声をかけてみたが彼女は振り返るそぶりすらない。周りからの目も気になったので僕は諦めた。そこから彼女と話すこともメールのやりとりをすることもなかった。彼女と会わなくなってから僕の日々は一段とつまらなくなったように感じた。僕は柄にも無く夜の街を歩いてみた、前にもいった通りドラマや映画はみる、こうゆう時は夜景を見ながら歩いているシーンを何度かみた。 夜の街は騒がしく考え事なんてできる場所じゃなかった。その時スマホに一件のメールが届いた。 「助けて」 それだけ書かれたメールを見た僕はあの日泣いていた彼女を思い出し気づいたら走っていた。散歩で少し遠くまできてしまったこと、運動部に入っておけばよかったことを後悔しながら僕は必死に彼女の家まで走った。彼女の家の前に着いた酸素が頭に回ってこない、何も考えずにインターホンを押した。中から出てきた彼女は泣いていた。まただ。何も理由のわからないその涙が僕には美しかった。僕はこの時黙って頭を撫でることしかできなかった、この時心の中で守りたいと思った。決して僕は強くないでもそれでも何か一つでも彼女が怯えるものから守ってあげたかった。頭がいっぱいだった。 「僕と付き合おう」 彼女はさらに泣いた、十分くらいは泣いていたんだろうか。最後の一滴が流れた瞬間彼女は僕に言った。 「それは無理だよ、私もあなたが好き。それじゃダメなのかな」 「嗚呼」 僕の口からこぼれたその言葉は肯定したわけではない。でもやっぱり彼女のことが好きなんだと感じた。なぜ好きなのかもわかった。 彼女と出会わなくなってから一段と僕の生活はつまらなくなった、いや、元々僕の生活はつまらなかったのかもしれない。それを彼女と会わなくなってから気づいた。人は大切なものをなくしてからその大切さに気づくと聞いたことがあるがこのことなのかと思った。彼女には振られたがもう彼女がいなくなることが耐えられなかった僕はそれでもいいと頭を振った。 「ありがとう」 それだけ言われ僕は彼女の家から出た。僕はすぐに彼女にメールを送った、次いつ会えるのかそれが知りたくて堪らなかった。久しく返ってきていなかった彼女からのメールが返ってきた。明後日会えるそうだ。今回ばかりは僕が予定を決めよう。 「予定は僕が立てるよ」 この前とは違い彼女と行きたいところがたくさんある、悩んでいる時間も楽しかった。二日後に会う予定だったが間の1日なんて会ってなかったようなものだった。  翌日、服をあまり持っていない僕は彼女と一緒に服を買いに行きたかった。お金はあまり持っていない僕は下北沢で古着屋を巡るデートプランを考えた。彼女にこのプランを伝えると意外そうな顔をして嬉しそうだった、服に興味のない僕でも彼女の服は可愛かった。下北沢に着いてすぐに近くの古着屋に入った、どうやら彼女は来たことがあったらしく今では彼女に主導権がある。悔しい。お昼ご飯は近くのお店でハンバーガーを食べた。これは食べたことがなかったのか彼女も幸せそうな顔をしていた、そんな彼女を見ながら食べるハンバーガーは格別であると教えてあげたかったがキャラじゃないいのでやめておく。どうやら彼女にも行きたいところがあるらしく着いて行くとアクセサリーショップだった、僕はあまり興味がなかったのでただくっついていた。彼女の買い物が終わったらしく何を買ったのか聞くと二つの同じリングを持っていた、同じのを二つ買うのかと思ったが彼女は片方を僕に渡した。これはペアリングと言うらしい、彼女曰く。 「これをつけてる間はテレパシーができる」 そんな事を言っていたができるわけはない。できないとわかっていても試してしまうのが人間なのだろう。僕は一番聞きたい事を念じてみた。まぁ通じるわけないかと思ったが通じなくてよかった、とも思った。それからしばらく彼女と歩き回り楽しい時間を過ごした。美味しそうなご飯やさんを見つけた僕たちは流れるようにその中へ入って行った。席に着いたタイミングで彼女にメールが来た、表情が歪んだ。僕は尿意が催したので一度席を立った。嫌な予感はしたが彼女に一言告げトイレへ向かった、あれがどうゆう表情なのかはわからなかったが僕まで暗くなってはダメだと思い席へ戻った、しかしそこに彼女の姿はない。これは知っている感覚だ、僕が彼女と出会うのはいつも唐突で別れは急に訪れる。また会えなくなるのかと思うと寂しいというより怖くなった。楽しみにしていたご飯は気がつくと食べ終わっていた。ゆっくりと帰路につく。  学校へ行き八田に相談することにした、八田はなんだかんだ頼りになる。八田へ全てを話した、僕の気持ちも全て。案外八田は真面目に聞いてくれた、そして八田は言った。 「それって結に会えなくなるのが怖いんじゃなくて元の生活に戻ることが怖いんじゃないのか」 図星だ。いや、この時初めて自分のこの気持ちに気づいた、彼女を探して話をする事を勧められた僕は彼女を探したが彼女はいなかった。そこから数日間彼女を探し続けたが姿は見当たらなかった。  久しぶりに八田を含めたサークルの仲間とご飯を食べに出かけた、やはり気に許せる友達といると落ち着く、話に入って行くのは上手じゃないがこの人たちの会話は聞いているだけで面白い。どこのご飯を食べに行こうか話がまとまらず多数決になった、僕はステーキが食べたかったのでステーキと言ったが結果は居酒屋だ。文句はない。 お店が空いていて外を見れる一番端の席にしてもらった。お酒を飲み始めようとしたその時だった、窓の外に結の姿が見えた知らない男と歩いていたその顔は少し怯えているようにも思えたがなぜ彼女がその男といるのか知りたかった僕は急いで店を出た。しかしそこにはもう彼女たちの姿はなかった。店へ戻りみんなにお金を払って一人先に帰った。 彼女に今何処にいるのか連絡は入れたものの返信は来ない、僕は考えた。このまま彼女はあの男のものになってしまうのか。許せなかった。怒りが込み上げてきた、これは嫉妬心なのかもしれないが矛先の向けようもない怒りでどうにかなってしまいそうだった僕は東京の夜の街へ向かった。東京の夜は僕には眩しかった僕の生きる世界とは180度違う世界に来たようだった。でも今日だけはいつもと違う自分になりたかった、誰かに塗りつくしてもらいたかった。僕は風俗へ行った、快感を求めてではなく染まりに行くために。それなりに可愛い子だったと思う、でもダメだった。結じゃない。ただそれだけの理由で今の僕からしたら一般男性が喜ぶような事をされても嬉しくもなんともなかった。僕は行為の途中で押し切って帰って来てしまった。結局、東京という大きな光を持ってすらも僕の心の影は塗りつぶすことはできなかった。 さっきとはうって変わって暗い場所へきた機とも全くおらずここは落ち着く、やはりここが僕の世界なのかと思った。僕は今まで結に出会い自分の住む世界を勘違いしていたのかもしれない。これからは性に合った生活をしよう、僕はそう決め家へ向かった。家に着いた僕は喪失感を紛れさせるかのように普通に過ごした、明日の学校のことを考え少し早く寝た。 翌日、いつも通りに起きて授業を受けた。授業が終わると教室の奴らに話を合わせた、楽しくもなんともない生活だ。そこから何日も普通な生活を過ごした。彼女のことなんてもう考えもしなくなっていた、この日もいつも通り授業を受けた僕は学校を出ようとした、聞きなれた声で後ろから声をかけられた僕が振り返るとそこには彼女がいた。僕は久しぶりに彼女を前にして一言目を考えた。彼女が言った。 「なんでメールもしてくれないのよ、学校同じなんだから声くらいかけてよ」 「いつだってメールを返さないでいたのは君の方じゃないか僕は君のことをどれだけ思っていたと思うんだ。もう僕には関わらないでくれ。」 学校の入り口で大きい声を出したためたくさんの視線を集めてしまった僕は走って逃げようとした。 「待って」 と、彼女に言われた。 「君の世界はもう君のものじゃないんだね」 泣きそうになりながらも僕はこらえて走った、視界が歪み何処を走ってるかなんてわからなかったがとにかく遠くへ行きたかった。彼女からメールがきた。 「会って話がしたい」 そのメールを見た僕は黙って画面を閉じた。
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