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「“ホシリスタ”で小説書いてるよね?」
一瞬、自分の耳を疑った。
“ホシリスタ”というのは、素人が寄せる小説投稿サイトで、僕はそこで、小説を公開してて……って、なんでそれを久我亮衛が知ってる!? 誰にも、ましてや自分の身内(親戚含め)になんか極秘中の極秘なのに!
全身がわなわなと震えだし、嫌な汗が頬を伝った。なぜ……どこからその情報が漏れたのだ………。
「私はもともと活字中毒の気があってね。自分でなにかを書いたりはできないけど、携帯でいつでも手軽に無料で読めるから、登録だけしてるんだ。ちなみにハンドルネームは“くがっしー”」
いらないから!
“くがっしー”とか、心底どうでもいい情報だから!
「そこのサイトで、すごく面白い作品を、いくつも上げてる作家さんがいてね。作品を追いかけていたんだが……どうも、なんだか、自分の知ってる人に似ている登場人物が多いなー、と」
そうだろうそうだろう。僕は僕の身近な人をモデルに──って、え……?
「そこで、その作家さんの身許を、私の闇ルートを使って割り出してみたら、君だったという訳だ!」
……いや、なんかドヤ顔してるけど……闇ルートって何よ………?
「“ホシリスタ”の悠魔王さん。小説コンテスト準大賞、おめでとう!」
あっ………
「親戚というのは、たとえ遠いものであっても、どこか自分と似通ってるところがあるんだよね。君の作品の登場人物、おおらかでちょっとズレてて、どこまで本気なのか判らない事を平気で口にする。私の叔母がまさにそんな人だよ」
後ろで誰かが「ぷっ」と噴き出した。振り向いて見たけど、みんなものの見事にポーカーフェイスを保っている。
「まあ、何はともあれ、親戚でこんな素晴らしい才能を持つ人がいて、私も鼻が高いよ! どうしても直接お祝いしたくてね……君の作品の真似をしてミステリー仕立てにしたかったんだが、そこは大失敗しちゃったな」
僕は。
小説家になりたいと思っていながら、いつまでも夢ばかり見ている自分を、どこかで蔑んでいた。だから、誰にも小説を書いている事を、言えずにいたんだ。
受賞したのは嬉しかったけど、それをリアルで自慢できる相手もいなければ、おめでとうと言ってくれる人もいなかった。
だから───
「あ、泣いた」
「こらっ、明智君!」
僕はズズッと鼻を啜り上げた。
「ありがとう……ございます………志馬さんのウサギのシッポも、椎野さんのネコ耳も、僕を楽しませようとしての事だったんですね……僕、嬉しいです……」
「え?」
「は?」
…………は? あれ?
志馬さんと椎野さんの顔がみるみる青ざめて、慌てた様子で尻や頭に手を伸ばす。
「……なんじゃこりゃああっ!」
尻を押さえながら真っ赤になった志馬さんが叫んだ。
「明智、テメエ……俺がネコ耳の存在を忘れてた事、解っててコーヒーを買いに行かせやがったな……」
「椎野君、早くそのネコ耳を取るんだ! 死人が出る!(というか、私が萌え死ぬ)」
「ネコ耳もウサギのシッポも古より根強い人気の、最の高の萌え要素、明日より署内は“椎たそ志馬たそダブル尊い!”の声一色と──」
「黙ってろ明智」
なっ……
なんなんだこの人たちは……。え、なに、本当に警察官なの?
でも、なんだろう、こんな手の込んだ事してくれるなんて。
なんだか、胸があったかい。
[END]
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