ボーイフレンドは銀行強盗

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 メグの存在に気がついたのは、慣れないダミ声を使い、拳銃を片手に客の動きに目を光らせている最中のことだった。客の中でも、ひときわ小さく丸くうずくまっているのは、今朝この俺を笑顔で送り出してくれた女性の背中に違いなかった。  その姿を見つけた途端、綿密に練っていた計画はすべて頭から吹っ飛んでいた。俺が強盗だとわかり悲しむメグの姿を想像すると、なにも手につけられなくなった。  事の発端は昔つるんでいた悪友からの誘いだった。根っからの怠け者であり、まともな職に就くこともしなかった俺は、金に困っていた。そんな俺をなぜメグは選んでくれたのか、俺はわからなかったし聞くこともできなかった。  成り行きなんて忘れてしまったが、いつの間にか俺たちは一緒に暮らしていた。メグはいつも俺のことを心配してくれた。  なんにせよ金がなかった。仕事に行くと嘘をついては、ギャンブルに打ち込む日々。俺はメグにいい暮らしをさせてやりたかった。これまで愛を知らなかった俺は、それを知ってしまったばかりに、今度は失うことを恐れるようになっていた。  そんな俺の気持ちに反し、なけなしの金はやがて底をつき、その結果がこれだった。  メグにいい恰好を見せたい。この仕事が終わったら、メグが欲しがっていたバッグを買って、パーッとディナーにでも連れてってやろうと俺は意気込んでいた。そんな思いとは裏腹に、覆面越しの情けない姿を目の前に晒しているなんて。こんな安易な方法に走ってしまったことを俺は深く後悔した。どうか気づかれませんように―俺は、そんなふうに願うことしかできなかった。 「おい、なにをもたもたしているんだ。急げ」  同じ見張り役の仲間が俺の隣で叫んだ。集金役のヤツがなんだか手間取っているようだった。俺たちの苛立ちは店内をより一層恐怖に陥れた。俺は金なんて要らないから、一秒でも早くこの場所から立ち去りたかった。早く帰って真っ当に働いて金を稼ぎたい。ディナーもバッグもなくたって、俺が手料理でも振舞ってやれば、メグは喜んでくれたはずなんだ。 「おい、警察が来ちまった。ドアを塞げ」  隣でそんな声が聞こえた。銀行の外でパトカーのランプがちらついて見えた。俺は呆然と立ち尽くし、焦る仲間の姿を見ていた。殺気立って、その手は今にも引き金を引いてしまいそうだった。 「おい。そこの女、こっちへ来い」  俺は声色を変え、メグを呼んだ。万が一にでも、こいつらの撃った銃弾がメグに当たることだけは避けたかった。たとえ俺の正体がバレてしまおうとも。  メグはゆっくりと立ち上がり、こちらに向かって歩き出した。その動きに迷いはなかった。メグの目は何度も俺の視線を捉えようとしていた。俺はその目を見返すことはできなかった。  なんとか金を奪うことには成功したが、俺たちは銀行に閉じ込められていた。建物は警察に囲まれ、外で待っていた仲間はきっと退散してしまっただろう。もはや人質を盾に逃げるしかない―そんな話が出始めた。もしもそうなれば、俺はメグと一緒にここを出て、彼女を安全に解放するつもりだった。  警察は俺たちの死角から突如として現れた。不意を突かれて、仲間二人は咄嗟に引き金を引き、警察もそれに応戦する形となった。  俺はというと、そんな二人を見捨てて、反射的にメグの上に覆いかぶさっていた。  程なくして銃声と悲鳴は止んだ。  俺はメグの上からそっとどいた。その途端、俺の体は押し倒され、その上に複数の警官、腕には手錠―そら、極悪犯の出来上がりだ。  お客たちの安堵のため息とともに店内に騒がしさが戻り、最後にメグの姿を見ることはできなかった。薄れゆくメグの感触とともに、体から力がすうっと抜けていくようだった。  拘置所にいる間、メグは何度も俺に会いに来てくれた。他愛のない話をしていると、あの頃の平穏な日々が戻ってきたようだった。もちろん、俺からしてみれば有難いことではあったが、メグには俺なんかに構わず早くまともな男と幸せになってほしかった。  そう伝えても、メグは俺に会いに来るのをやめなかった。俺がこのなんでもない日々の尊さを忘れさえしていなければ―そんなふうに後悔したところで、もう遅いのだ。  もし、それを望むことが許されるなら―もちろんそんなことをメグに言うつもりはないけれど。もう一度彼女と一緒に暮らせたらいいな―メグの笑顔を見ていると、俺はそんなふうに思うのだった。  案外、メグがこの場にいるのも俺と同じ理由なのかもしれない―それは都合のいい考えかもしれないけれど、そう思えば俺はこの先なんだってやれるような気がした。  もちろん―強盗なんて、もうこりごりだけど。 おわり
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