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エス博士が自宅とするマンションの一室。
例の事件からは三ヶ月ほどが過ぎていた。
街の様子はと言えば、今のところ大きな混乱は起きていない。とはいえ地球外来群体生命体たちが地球からいなくなったわけではない。今も水面下では活動を続けているのだろうが、明るみに出ていないだけなのだ。
それゆえにかえって疑心暗鬼の空気がこの街を、この国を、そして世界を覆っていた。そのフラストレーションたるや、いつ爆発してもおかしくはない。
エス博士はと言えば、今日も研究室に出掛ける準備も済ませ、呑気に朝のコーヒーを飲んでいた。事件が起きてすぐの時ほどの焦りは、今はもうなくなっている。
地球外生命体とはいえ、SF映画に出てくるような超人的な身体能力であったり、超自然的な能力を持つわけではない。その能力はあくまで擬態元の能力を引き継ぐだけである。ゆえに擬態元が人間であれば、その能力は人間として常人の範疇であるし、犬や猫が擬態元であれば、地球外来群体生命体の能力もその能力に準じたものになる。
不安があるとすれば、睡眠中で意識がない状態や身体が拘束されて抵抗できない状態にあるような時だ。逆に言えば、そのような時に襲われでもしなければ、捕食されることはないようである。
ほかにも地球外来群体生命体の生態についてエス博士は、いろいろと知ることになったが、ここでは割愛することとする。
エス博士は研究室から自宅マンションへとエム子を連れ帰っていた。研究の進捗が外部に漏れないようにするためである。
エス博士の出した結論は次のようなものであった。
筆記に便利なボールペンやシャーペン、料理で使う包丁、工作に使うカッターナイフやノコギリ、移動に便利な自動車、どれも使い方を一つ間違えれば人を傷付ける危険な凶器である。だからと言って、人間はそれらを手離してはいない。ロボットだけが例外で、この有能なロボットを廃棄しなければいけないなど、道理ではない。
そもそもロボット一体など、いてもいなくても今の状況が大きく変わるわけでもない。ならば棄てるメリットよりも、残すことで得られるメリットを選択しよう、ということだった。
「パパ、おはようございます」
そう言って、奥の部屋から少女の姿をした小型ロボットが出てくる。
「おう、エル、おはよう」
エム子だけではエス博士の安全を確保するのが難しいということから、新たにロボットをもう一体作った。しかし、秘密裏の開発ということもあり、経費の申請もままならず、予算が足りなかった。そこでエス博士は自腹を切った。結婚費用として貯めていたお金をすべて使いきってしまった。それでも十分な金額とは言えず、結局小型サイズになってしまった。
大きさにして七十センチメートルほど。エム子がおよそ百五十センチメートルなので、その半分にも満たないサイズになってしまった。
それがこの「エル」と名付けられたロボットである。
最初のころはエス博士も「パパ」と呼ばれることに戸惑い、抵抗を感じた。今ではもう呼ばれ慣れてしまっている。
ロボットが自身の創造者を「パパ」と呼ぶのはあながち間違いではないな、と思い至って、抵抗を諦めたと言った方がいいかもしれない。
「今日もエム子にいろいろと教えてもらうんだぞ」
開発当初は地球外来群体生命体の脅威のほどが不明だったため、急場凌しのぎで完成させた。それゆえにエルは情報の習得が不十分で、初めて動き出した頃のエム子ほどの知識をまだ持ち合わせていないのだ。
ちなみに、後にこの一人と二体が世界と人類を滅亡の危機から救った英雄たちとして語られることになるが、それはまた別の機会にでも語ることとしよう。
「ハカセ」
キッチンからエム子の呼ぶ声がする。
「コーヒーのおかわりはいかがですカ?」
「ああ、ありがとう。頼む」
ケトルでお湯を沸かすエム子の指先からは、今はもうビームは出ていなかった。
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