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さて、これからどうするか、とエス博士は考えを巡らせる。
「日時の経過にヨリ、ワタシたちの存在が地球外来群体生命体に知らレルと」
「わかってる。今、考えてるところだ」
不機嫌極まるといった表情でエス博士は応じる。
今回の事件で、エス博士が首相の政治的な力で例の機関へ招かれるような事態は回避できた。しかし、このまま今まで通りの生活を送っていれば、いずれエス博士あるいはエム子の存在が地球外来群体生命体に知られるのも時間の問題である。そうなった時には、実力行使でエス博士たちを狙ってくることも十分考えられた。
「ワタシを廃棄されますカ?」
「廃棄した方がいいのか?」
エム子は答えない。エス博士の質問を受けて、何かの計算を始めたようだ。
世間ではもうすでに、ちょっとした混乱が起きているのだろう。エス博士が観ていた動画のコメント欄には、次々とコメントが書き込まれていた。
『これって、まさか宇宙人? マジか』
『絶対ヤベーやつじゃん!』
『この動画って特撮か何かか? もしそうならCG技術スゴすぎなんだが』
地球外来群体生命体も、人間に紛れていることが露見してしまったからには、これまで通り表立って活動するというわけには行かなくなるだろう。
「エム子、奴等全部を見つけ出すことはできるか?」
それまで静かに行っていた演算を中断したエム子は、新たに演算を開始することもなく即答した。
「極メテ困難です」
地球外来群体生命体はすでに政治に介入できるようなところにまで侵入していたのである。もはや日常生活のどこに潜んでいたっておかしくはない。
エス博士はまた考え始める。
このままでは、もう自分一人の問題ではなくなる。おそらく世界はこれから次第に、奴等との全面戦争のような状態に入っていくはずだ。
どうすればいい?
そうなればもう、エム子がいればどうにかなる、という問題ではなくなる。ロボットは本来、単に便利な機械であり、とどのつまりは道具にすぎない。今後の状況下では、いてもいなくても、どちらでもいい存在。むしろ奴等の手に渡った時のことを考えれば、その優秀さが仇となりうる……。
そこでふと、何の脈絡もなくエス博士はあることを思いだし、顔をエム子の方へ向ける。
「ところでエム子、お前が残していったレポート、どうして手書きだったんだ?」
「小型ロボットの操作中にハカセから連絡が来た場合、ノイズになってしまうコトと、計画が失敗した場合のリスクを計算スルと、電子データとして残る通信手段は適切ではナイと判断しマした」
「仕事中は邪魔だから電話してくるなって感じだな。ははっ。あと一つ、確認しておきたいことがあるんだが」
エス博士は少し笑ったかと思うと、今度は少しこわばった表情で人指し指を立てる。
「何でしょうカ?」
「私に迫る危険を回避するために、私に危害を加えるのは許容されることなのか?」
「どういうコトでしょうカ?」
「クレジットカードの無断使用のことだよ。無断使用による損害は、三原則の第一条違反だ。私を危険から守ることも第一条だが、そのためにクレジットカードを無断で使用することで発生する損害も、第一条の範囲の問題だろう? つまりその二つのことは同列の問題で、そこに優先順位はないはずだ。本来ならば論理エラーが起きるはずなんだが?」
「損害が発生しマしたカ?」
「いや、必要経費として処理はしたけども、それは事後の話であって、もし経費として処理することを私が却下していたら……」
却下しただろうか? その可能性はあっただろうか? エス博士は自分に問い掛ける。
エス博士の思考を遮るように、突然エム子はしゃがみ始めた。椅子に座るエス博士の顔を見上げられるように高さを調節する。そしてさっきと同じ質問を繰り返す。
「損害が発生しマしたカ?」
またも上目遣いである。
「……そこまで計算ずくだったってことか。やはり女とは恐ろしいものだな」
だがエス博士よ。エム子はロボットだ。
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