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車中
それから、佐藤さんには詳しい状況を説明できないまま、俺は佐藤さんが運転する車で送ってもらい、藤乃宮さんは1人でタクシーで帰ることとなった。
本来なら、藤乃宮さんを1人で帰らせるべきではないのだが、発情が治まったばかりの俺の方が1人にさせると危険だとのことだった。
俺はセダンの後部座席に、何も言えず気まずいまま座っていた。
「…あんまりさ、自分を責めないで。気をつけていても、生理的なものはどうしようもなくなることはあるし。きちんと対策を取らなかったあの子にも非はあるんだから」
しばらくして、佐藤さんが明るい口調で声をかける。
「いえ、俺は…いや、元はといえば私が…」
「今は無理して話さなくていいよ。谷くんはもう十分反省してるんだろ?なら、それでいい。あの子だって、それはわかってるだろうし。だからこうして、僕に君を送らせてるわけだし」
「それは…ありがとうございます…」
本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。佐藤さんはバックミラー越しにチラッと笑顔を見せると、前方に視線を戻してため息をつく。
「…美琴はさ。あんまりそういう経験がないから自覚はしてないだろうけど、谷くんのことが好きなんだよ。でも、仕事でもプライベートでも色々抱えてるから、今はそれどころじゃないんだろうな」
あまりにもサラッと言いはなっているが。
「…え?」
なんか今、重要なことを流していた気が。
「まだ若いから仕方がないんだけど」
「あの、待ってください。今、なんて?」
「え?ああ、あの子はまだ若いから…」
「いえ、それではなくて。その、藤乃宮さんが、私のこと…好きって…」
「んん?」
驚いたのか、佐藤さんは再びバックミラー越しに俺を見る。
「まさか、谷くん気づいてなかった?ていうか今知った?…え?あんな状態になったのに?」
「いえ、それは、その…」
まさか、敢えて嫌われるためにこちらからけしかけたなんて言えるはずがない。
「まあ、それはいいんだけど。いや、よくはないか。とにかく、美琴はまだ状況の整理ができてない状態なんだ。で、ここでひとつ、谷くんにお願いがあるんだけど」
車が信号で止まったタイミングで、佐藤さんがこちらに振り向く。笑顔ではあるが、その目は真剣であった。
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