温もりのそばで

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翌朝、私はこの季節には珍しい、体を芯から冷やす風に、意識を覚醒させられた。  私の足元すら揺るがせるような突風に、私は体のすべてを震わせる。 「おはよう」  珍しい朝の彼の来訪に、私の心は喜びに揺れる。  心の底で存在を叫ぶ、圧倒的な違和感からは、必死に目を背けて。 「お前とも、もうお別れか……」  その言葉に、私の全身は一息に強張る。 別れという決定的な言葉が、すべての恐怖を煽るのを、体のすべてで感じている。 「おい、そろそろ出ないと新幹線間に合わないぞ」  彼は兄の声に、うんと応えると、私に真っ直ぐに向き直る。  私は今ほど自分に声があればと思ったことはない。  何故私は、こんな存在なのだ。  彼を引き留めることができないのだ。  いや、引き留められずとも良い。  せめて、彼に、感謝の言葉を伝えたい。  旅立ちへの祝いの言葉を口にしたい。  今まで、有難う。  毎日、水をくれて、有難う。  卒業おめでとう。 これからも、頑張ってくれ。  この様々な思いの中の、数個でいい。  せめて、一つでもいい。  何故、私は口を持たないのだ。  何故、私は、私の元から去ってゆく、あの背中を見送ることしかできないのだ。  彼の成長を、こんなに近くで見守ってきたというのに。  彼の涙も、笑顔を、悔しさも、喜びも、恋情も、すべて私は聞いてきたというのに。  彼の身長が伸びたことも、彼の背中が広くなったことも、彼の声が低くなったことも、すべて知っているというのに。  何故、私は、何も声を掛けられない。  私は、初めて自分という存在を恨んだ。  何故私は、立ち尽くすことしかできないのだ。  何故私は、柳の木なのだ。  何故私は、この葉の裏に、すべての思いを隠さなければならないのだ。
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