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私の最初の記憶は、小さな温もりと、輝きにあふれた瞳だった。
「これ、ちゃんと育つかなぁ」
「大丈夫だろ。お前、ちゃんと水やりしろよ?」
私から目を離さない少年の頭に、彼より随分と背の高い少年、いや青年が、手を置き、少年の顔を覗き込む。
「大丈夫だよ! 僕が、ちゃんと毎日やるから!」
威勢よくそう言い返す少年の膝には、少し湿った土がついている。
きっと、私の足元を包むそれと、同じものだろう。
幼い彼によって、私の体には光を受けて輝く水が降り注がれ、彼等は私に背を向けて静かに立ち去る。
二人がいなくなってしまえば、私のそばには何も残らない。
いや、寂寥感だけは残っている。
誰もいない、お世辞にも広いとはいえない裏庭で、一人夜風に吹かれるこの時間は、初めてのものではあるが、もう味わいたくはない。
だが、私はこれから、どうしようもなく変化のない人生の中で、この忌むべき時間を数えきれないほどに過ごさなければならないのだろう。
それを直感させたのは、私の経験ではない。
本能というか、遺伝子というか、とにかくそういった類のものだ。
私の背後にあるのは、どこまでも無機質なコンクリート塀だけで、視線の先にはふわりと光の灯る障子の中で二つの人影が仲良く寄り添っている。
時折漏れ聞こえてくる少年の楽し気な声と、青年の少し低いくぐもった声に、心は温もりを感じながらもしんと底冷えしてゆく。
「ねえ、兄ちゃん。明日、晴れるかなぁ」
「明日か? 晴れるとは思うけど……。でも、明日体育ある日じゃなかったよな? なんか楽しみなことでもあるのか?」
「だって、明日雨降っちゃったら水やりできないじゃん」
一瞬の静寂が、部屋の中に訪れる。
その小さな驚きと緊張が、私の指先へと伝わってくる。
私は四肢のすべてを強張らせ、その続きを静かに待つ。
まあ、私の四肢など、そよ風にすらなびいてしまうほどのものなのだが。
「そうか。じゃあ、晴れるといいな」
「うん!」
明るい少年の声が響くと同時に、目前の灯りがパチンと消える。
私を包む闇と同じ類のものであるはずなのに、障子越しに見えるその闇は温もりに溢れているように見えるのは、きっと私がその温もりを妬ましく、疎ましく思い、そしてそれに焦がれているからに違いない。
二人の姿を傍らですらない、薄くも厚い壁を隔てた場所から眺めることしかできない事実が、より一層私の孤独を際立たせる。
暫くすると、時折漏れ聞こえていた少年の少し潜めた笑い声も聞こえなくなり、私は静かな夜更けに身を委ねることしかできなくなった。
私は指先を孤独に丸めて、まだ終わることのないわずかな寒さと、私を包む寂しさに耐える。
こんな夜を、私は何度過ごしてゆくのだろうか。
遠くで、風がひゅうと鳴った。
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