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黒く長い髪が、水に溶いた絵具のように床板に広がっている。
しゃがみこんですすり泣くその姿は、見えない足枷に掴まれて、白い足首は赤く腫れてしまっていた。
「どうして泣いてるの?」
私は背後から、途切れ途切れに息をつく女に問いかけた。
「私の子が、私の子が」
「あなたの子が、どうしたの」
黒髪の女は、この暗い小さな民家の中に溶けてしまいそうなほど、ひどく弱っているようだった。
「連れていかれたのよ、妖精に」
「妖精?」
がたがたと強い風に押し付けられている小窓が、より一層激しく不快な歌を歌いだす。
「ああ、あの子は妖精王のもとへ連れていかれた。妖精たちの棲む、妖精の丘に」
「知ってるわ」
知らない方がおかしいわ。それは取り替え子の儀式。妖精がヒトの子を攫い、代わりに妖精の子を置いていく。
私は妖精の子。連れていかれたのはこの女の子ども。
妖精たちに見捨てられた私はどうすればいい? そうね、そうよ。この女を利用する以外何があるって言うの。
「大丈夫よ、私はここにいる」
女を背後から優しく抱いてやる。私はあなたの子よ、あなたが産んだ可愛い子。
「私の、子。……ああ、イーディス、
イーディス。私の可愛いイーディス……。よかった、よかった無事で」
「お母様、安心して……私はどこへも行かないわ。……だって、お母様の子なんだから」
簡単なことよ、ヒトの記憶を書き換えることなんて。私が望めば全てが私の思いどおり。私とお母様との愛を邪魔するものなんて、なにもないんだから。ねぇ? そうでしょう、お母様……。
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