前編 1.序章(五月視点)

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(五月視点)  ────────…………  まるで時が止まっているかのような静寂。その中に時折、鳥の(さえず)りや車の走行音が混じる。4月ももう下旬であるというのに、布団から露出した肌を掠める隙間風はひんやりと冷たい。  ああ、この時間がずっと続けば良いのに。  そうすれば何も起こらない。  そうすれば何もしなくて済む。  そうすれば────……  そんなことを考えていられるのも束の間。気持ちよく微睡んだ空間をぶち壊すように、アナログ目覚ましが悲鳴に近い声で叫び出す。脳内に電流の如く鳴り響くそれは、曖昧な意識を現実へと引き戻し……… 「っ………」  慌てて手を伸ばす時刻、朝の5時半。俺、新名五月(ニイナサツキ)の朝は早い。 「…ぅ………」  無慈悲な目覚ましを睨みつつ、のそのそと身体を起こす。まだ冴えきらない心身を奮い立たせ、顔を洗いに行く。やっと頭が冴えてきたところで、今度は台所へ向かい、そうしたら次は……  ………どうでもいい。  それより、朝に弱い自分がなぜ早く起きているのかといえば、ごくごく普通のこと。仕事に遅れないためであった。  職場である学校までは電車で約1時間ほどだが、少なくとも7時半には到着しなければならない。それに加え、朝のラッシュで立ち続けるのは辛い。だから5時半ギリギリに起きて支度をし、6時24分発の電車を捕まえる日々だった。  何というか、まぁ、流石に4時前起きとまではいかないが……低血圧の自分にとっては十分ハイレベルな朝だった。
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