彼女との記憶

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彼女との記憶

「ふーん、こんなのが人気なのね、女性に媚びすぎて、もはやラーメンじゃないわ」 向かい側に座るこのひねくれ者は店員に聞こえるほどの声量で呟く。  「ここはれっきとしたラーメン屋で、真っ当な人間に評価されている。君はいつも多数派に敵対するよね。生きにくくはないのかい」  「生きにくいのは多数決に流され、空気を読んで行動する彼らのほうじゃないかしら、私は正直なだけ。多数派に属することも多々あるわ」  美味しいラーメンが食べたい。そんな彼女の一言で俺はネットで必死に人気のラーメン屋を調べた。  しかしいくら珠玉の1杯でも、デートで頑固おやじの小汚いラーメン屋に連れていく訳にもいくまい。 「ラーメン屋 デート 人気」 「ラーメン 女子 人気」 「彼女 無愛想 本音」 「ラーメン 女性にも人気」 検索履歴が、俺の努力をものがたっている。  しかし、そんな努力も虚しく、彼女は開口一番否定的な意見を俺、もしくはラーメン屋に突き刺した。  俺と彼女の実に見慣れた光景である。 そうした態度の彼女と過ごすうちに、本当に自分のことを好きなのかがわからなくなってしまった。好きなのかを聞くこともなかったし、彼女が口にすることもなかった。 そんな奇妙な関係に疲弊した俺が、彼女に別れを告げるのも、当然といえば当然だった。 いや、今思えばこれは言い訳でしかない。 彼女の気持ちを聞いていれば、もしかすると、もっと別の未来があったのかもしれない。  ある日、彼女を喫茶店に呼び出して、単調に別れを切り出した。 お互い、9ヶ月付き合っていたとは思えないほど他人行儀だった。 もちろん彼女は涙1つみせなかった。 「そう、今までありがとう。それじゃあね」 彼女は、ここで別れを告げられるのが当たり前であるかのように速やかに、痕跡も残さず俺の前から消えた。 正確には物理的な痕跡は残さずに消えた。 つまりは未練やらなんやら、そういった類の感情を彼女は多く残した。
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