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ひとつだけ
(好みの子だなぁ)
バイトの面接に来た彼に、佐藤の目が釘付けとなったのは1年半前。
「相澤です!よ、よろしくお願いしますっ」
真っ赤になりながら元気よく挨拶をした彼。明るい髪の色の割には純情そうだ。カラオケ店の店員として、やっていけそうな体に人懐っこい顔。
(まあ合格かな…)
手元にある履歴書に赤ペンで丸をつける。カラオケ店の狭い事務所、お客の誰かが歌う流行の歌が聞こえていた。
「相澤くん、じゃあ来週から来てくれるかな」
佐藤がそう告げると、ホッとしたのか相澤の顔が綻んだ。その笑顔は大学生らしく爽やかで、可愛らしい。
「ありがとうございます!」
そう頭を下げた相澤の姿を見たのが、昨日のように思えた。
***
バイト先の店長とスタッフという関係から、恋人になったのは最近だ。ドライブに行こうと佐藤から誘っていたが、数回断られた。もう最後にしようと誘ったときに相澤はようやくOKをくれたが、自分の異動話で前日にお流れ。きっと相澤とは縁がないのだろうと佐藤は彼を諦めようとしていた。
すると、相澤のほうからドライブに誘ってきたので、佐藤は驚く。そして相澤の様子に『もしかしたら押せばいけるかもしれない』と賭けにでたのだ。
『今回は相澤君から誘ってくれたってことは、そういうことだよね!ありがとう!』そう、佐藤が言った時の、相澤の顔はまるで茹で蛸のように真っ赤。それを見た佐藤は完全に脈ありだと踏んだ。
「誘ってくれてありがとう」
その日のドライブを終えて、車を止めた時。運転してくれた相澤に礼を言いながら、ハンドルにかけていた手に佐藤は自分の右手を重ねる。
「よかったら、付き合わない?」
恐らく相澤が佐藤を恋愛対象として、意識し始めたのは最近のはずだ。二人の勤務地が変わったいま、会える確信はもうない。だとすると、会えないままに芽生え始めた気持ちも萎むだろう。それなら今日言うべきだ、と佐藤は自分から切り出す。
それを聞いた相澤は、佐藤を見ながら大きく目を見開いた。
「…あ、あの、それは…、恋愛としての?」
「僕はそう望んでるけどね」
にっこりと佐藤が微笑む。いつもの店では相澤の方がハキハキ喋って、どちらというと佐藤はノンビリ聞いてる方だ。今は完全に、逆転している。いつもより主張してくる佐藤に、相澤は少し面食らっていた。
相澤の、明るい色の髪にそっと触れる。ビクっと身体を揺らした相澤。佐藤の目から視線を逸らした。
そしていつものハキハキした喋り方から考えられないような、小さな声で呟く。
「…付き合ったら、もっと、会えますか?店長、元気になれる?」
思いがけない言葉に佐藤は驚き、相澤を抱きしめた。
「もちろん元気になれるよ!」
「わ、分かったから、店長、離して…」
「あ、悪ぃ。痛かっ…」
パッと手を離し、相澤の顔を見ると蕩けたような表情。佐藤が見たことのない顔だ。
(あ…)
相澤はすぐ顔を手で隠してまた小さな声で呟いた。
「元気になるなら、付き合い…ます」
その言葉が終わるや否や、相澤の唇に佐藤の唇が重なった。
***
それからはゆっくりながらも、順調だ。流石に毎日は会えないが、シフトの休みを二人合わせて取りドライブに行ったり、買い物に行ったり。
数回目のデートを終えた頃から、相澤の家に連れて帰る時、残念そうな顔を相澤がするようになってきたことに気づいた。
(あ、これは…)
その先に進みたいんだろうなと佐藤は苦笑した。大学生だもんな、一番そういう時期だし…
(僕も進みたいし)
「ぼくの家、寄ってく?」
佐藤から切り出してようやくコトがすすんだ。
思わず強引になってしまった佐藤に、相澤は驚いていたが、反応は上々。佐藤の腕の中で甘い声を上げる相澤が可愛くてたまらない。気がつくと何度も二人は果てていた。そして。その日を境に、二人は名前で呼ぶようになった。
最近では『毎日会えてた頃が、懐かしいし、今思えばもったいなかった!』と相澤の方からそんな冗談を言えるほど、二人は甘い日を過ごしている。
いま、相澤は佐藤の車の助手席で小さな寝息を立てている。ドライブの帰り道、さっきまで話をしていたはずなのに返事がないと思ったら。運転をしながらもつい寝顔を見てしまう。
(本当に毎日、一緒にいられたらいいのにね)
就職活動を始めた相澤。これから忙しくなるのだろう。頻繁に会えなくなるかもしれないなと髪を触る。明るかった色は、黒く染められていた。
***
「今日から新しいバイトの子来るから」
勤務先でエリアマネージャーの津田が佐藤にそう言ってきた。いつもならバイトの面接は店長の佐藤がするが、その日は休みだったため、津田が面接し、採用となった。
「珍しい子なんだよ。前もウチの系列店でバイトしててね」
「へぇそうなんですね」
「そういや最近、彼女とはどうなの?前、俺に相談してきた子だよね?色々聞いたよ、休みの次の日いつもニヤニヤしてるって」
「その節は、相談乗ってもらってありがとうございます。そうです、その子です。あー、またバイトの子たちが言ったんでしょ!」
もう、と頬を膨らます佐藤。隣で津田が笑う。
「彼女が羨ましいな、こんな佐藤を独り占めできるなんて」
「…え?」
津田の言葉の意味を聞き返そうとしたとき、事務所のドアがノックされた。
「新しい子、来ましたよぉ」
ドアの向こうからそう聞こえて、入るように促す。
「失礼します」
そう言って事務所に入ってきたのは、相澤だった。
驚いた佐藤は津田がいることをすっかり忘れて、相澤に近寄った。
「就活中に、なにしてるのさ…それに向こうの店があるでしょ?」
襟元を掴んできた佐藤に相澤は口を尖らせこう言った。
「もう貴之と離れたままなんて、無理。こっちに引っ越して一緒に住むよ。あっちの店は、山崎たちがいるから」
なんの躊躇いもなくそう答えた相澤の言葉に、佐藤の顔は真っ赤になっていた。
津田はそんな二人の様子を見ながら、半ば呆れていた。
恋愛相談の相手は彼女ではなく、まさかの「男」で「追っかけて来るほど」の情熱を持ってるなんて。しかも完全に今二人の世界に入っている。
(なんだ。ゲイだったのかよ。早いとこ、手ぇつけとけばよかったな)
津田はそんなことを思いながら、コホンと咳払いをして、その世界を蹴破った。
「色々話が早いから、助かったよ。相澤くん」
ハッ、と二人が津田の方を見た。
「佐藤店長、後はよろしくな」
佐藤の方を向き、肩に手を掛ける。その津田の顔はニヤニヤ笑っている。津田の言葉に、相澤はものすごい勢いでお辞儀をした。
「ありがとうございますっ!!」
「どうして内緒にしてたの」
店の営業が終わり、片付けをしながら佐藤が相澤に聞いてきた。ホウキを持って相澤がだって、と答える。
「貴之のことだから色々心配して、止めるだろ?だからもう先に決めちゃえって」
もう部屋の候補もあるんだと嬉々として話す。まったくもう、とため息をついた佐藤。それでも嬉しくてニヤついてしまう。
恋人になるまえの、可愛らしい相澤も
一つになれたあとの、積極的な相澤も
愛おしくてたまらない。
佐藤は相澤の背後から抱きついた。一緒、相澤は驚くがすぐ笑顔になる。
「なに?」
「もうさ、僕らしかいないし。ここでしようよ」
モゾモゾと相澤の中心あたりを弄る佐藤。
「…店長承認済み、だもんな」
相澤が佐藤の方に首を向けてキスをする。
願わくばこんな日々が長く長く、続いてくれますように。
《了》
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