第132話

1/1
71人が本棚に入れています
本棚に追加
/137ページ

第132話

 樹くんの水着姿に見慣れることができないままビーチに出ると、西牧さん夫婦と涼風の旦那さんが、浮き輪やパラソルやらを準備していた。  夏樹さんが言っていた通りほぼプライベートビーチ状態で、私たち六人以外に人はいない。これなら樹くんも楽しめるだろうし、私が樹くんの魅力に思わず吐血しても問題ないだろう。  浮き輪やパラソル、レジャーシート、その他、海を存分に楽しむために必要なものは、ほとんど夏樹さんが用意して別荘に置いておいてくれた。  つまり水着姿のみならず、それらを使って海を楽しむ樹くんの写真を撮影しろということだ。  任せてください、夏樹さん。  まず海といえばビーチバレー! ということで、さっそくネットとボールを用意して、三人一組のチームに分かれる。  ……が、とんでもないことが起きた。 「涼風、こっち!」 「よっしゃ! 頼んだよ、悠!」  涼風がトスしたボールを思い切り打てばいい。そうすればこっちのチームに点が入るのに……! 「……無理」 「ちょっと!!」  見事に空振りし、ボールは私の頭の上をバウンドして、ぽふっと砂のコートの上に落ちた。 「悠、あんたねえ……」 「ごめん、涼風。こんなの私にはできないよ」  できるはずないよ。樹くんがいるコートにボールを叩き込むなんて。  ビーチバレーのチームはくじで決めたのだが、まさかの樹くんと別チームになってしまった。私のチームは涼風と西牧さんの旦那さんの三人で、対するは樹くんと西牧さんと涼風の旦那さんだ。  つまり私が思い切りボールを打てば、それを樹くんが取りに行くかもしれないわけで。そんな状況で力いっぱい打つなんてできるわけがないのである。 「いや、遊びのビーチバレーなんだから、もうちょっと気楽にやりなさいよ」 「スポーツのことになると、熱入っちゃうから……」  同じチームだったら、樹くんにいいとこ見せたいし、樹くんからのトスを打ち込みたいし、頑張れるんだけど。 「悠ちゃん、もしかして体調悪い?」 「……え?」  試合後、樹くんが心配そうに私にミネラルウォーターを渡してくれた。この暑さにこの冷えた水、それも樹くんが渡してくれたものとなればそれは最高の水である。  奇跡のウォーターと称して家に飾ってもいいくらい。 「それともビーチバレー苦手だった?」 「あ、ううん。苦手じゃないんだけどね、ちょっと調子が出なかっただけ。心配かけてごめんね」  まさか樹くんの顔が良すぎてボールを打てなかったなんて言えるはずがない。水を飲んで気持ちを落ち着かせる。    ビーチバレーのあとはそれぞれ自由に泳ぐことになった。 「人いない海っていいね」 「本当。こんなにのんびり海で泳げるっていいね」  浮き輪を使ってぷかぷか浮いている樹くんの周囲をのんびりと泳ぐ。太陽に照らされて海面はきらきらと輝いていて、魚や砂がはっきりと見えるほど海水は透き通っている。  樹くんの水着姿もなるべく視界に入れないようにしていれば、問題なく楽しむことができる。  しばらくのんびりしていたのだが、西牧さんの旦那さんがジェットスキーを乗ると聞いて、一旦ビーチに上がることにした。  どうやら夏樹さんが二人乗り用のジェットスキーを用意してくれていたらしい。本当に抜かりないな。  私も後ろに樹くんを乗せて運転したい!  そう思ったのに……。 「特殊コアラ選抜選挙?」  何、その単語。聞いたことないんだけど。一般のコアラとは違う特別なコアラを選抜する選挙ってこと? 「特殊小型船舶免許。ジェットスキーはその免許がないと運転できないのよ」  涼風の旦那さんはその特殊コアラなんとやらを持っているので運転できるらしいが、残念ながらその免許を持っていない私は運転できない。ショックのあまり、その場に崩れ落ちる。 「……ああ、なんという悲劇」  盲点だった。まさかジェットスキーを運転するのに免許が必要だったなんて。そりゃ、たしかにあんな乗り物を素人が運転するなんて無理な話だろうけどさ。 「悠ちゃん、ジェットスキー乗りたかったの?」 「乗りたかったっていうか……」  運転したかったっていうか……樹くんを後ろに乗せたかったというか……。 「じゃあ、俺の後ろに乗る?」 「……へ?」  樹くんの言葉を理解できないまま、私はその神々しい姿を見て、眩しさのあまり目を細めた。  ……もしかしてビーチに舞い降りた天使?
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!