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第111話
平日の午後、いつも通り一通り家事を終えてテレビを見ていると、サラリーマンが抱えるストレスという特集がはじまった。
会社でも家庭でも居場所がないサラリーマンや、家庭でストレス発散ができないサラリーマンの実話が簡単に紹介されていた。
樹くんもストレス溜まることあるのかな……と、実は最近気になっていた。
この前多崎くんの相談に乗ったとき、そういえば樹くんは家で仕事の愚痴をこぼすことがほとんどないことに気がついた。
ストレスが溜まらない人間なんていないだろうし、かといって日頃から発散しているようには見えない。
ストレスの発散方法って人によって違うだろうけど、樹くんの場合は何が一番いいのだろうか。
というわけで、さっそく涼風に電話で相談することにした。
「うちの旦那? うちはねえ、趣味が釣りだから、休みの日に釣り友達と出かけてることあるよ。趣味に浸ってたらストレスも軽減されるだろうし。あとはたまに行くパチンコ」
「あ、涼風の旦那さんってパチンコ行くんだ」
「たまーにね。でも勝ったら楽しいけど、負けたらストレスがより溜まるだけみたいだから、おすすめはしないかな」
「なるほど」
「樹さんは趣味ってないの?」
そう、それが問題なのよ。
樹くんの趣味はこれ! というものがいまいち思いつかない。
私ならたくさんある。毎朝樹くんの寝顔を眺める。スマホのカメラロール内の樹くんの秘蔵写真を見る。最近にいたってはアプリを使うことを覚えたので、樹くんの写真を使って個人の趣味用動画を作っている。あとは瓦割り。
でも樹くんはこういう好きなものの具体的な名前が出てこない。
和菓子が好きなのはわかっているが、それだけでストレスが発散されるとは思えないし。
「ちなみに涼風は?」
「んー、私? 私はこうやって悠とか友達と喋ったり、あとは一人の時間を有意義に過ごすことかな」
「え、何て?」
「いや、だから一人の時間よ。大事なのよ、これが」
一人の時間……!?
衝撃のあまり持っていたスマホを一度床に落としてしまった。
たしかによく考えれば樹くんに一人の時間というものはほとんど存在しない。何しろ家に帰ったら私がいるのだから。
でもそうよね。夫婦だからとか家族だからとかじゃなくて、物理的に自分しかいない一人の時間というのは、人間にとって大切なことかもしれない。
一人でゆっくりとした時間を楽しみたいことがあるかもしれない。でも私は専業主婦だから家にいることのほうが圧倒的に多い。
「悠ー? ちょっと、悠ー?」
「涼風、私ちょっと旅に出るかもしれない」
「何言ってんの。ってか、はっきり本人に聞けば?」
「え?」
夜の七時半に樹くんが帰ってきた。
いつも通り夜ご飯を食べ、そして涼風に言われた通り樹くんに直接聞いてみることにした。
「ねえ、樹くん」
「何?」
「あのさ、その……ストレス溜まってない?」
「え?」
「ほら、仕事のストレスとかあるかなって。日頃から発散するのは大事だと思うし、私にできることなら協力するから」
もし今から寝るまでの四時間ほどを一人で過ごしたいというなら、私は公園にでも行こう。
それでストレスが発散されるなら、私は何時間でも公園でブランコをこいでいられる。たまに滑り台も滑るけど。
「んー、じゃあ、付き合って?」
「わかった」
で、どうしてこうなった?
私は樹くんにストレスを発散してほしい。そう思っていたのだが。
今、現在私は、リビングのソファに座る樹くんの膝の上に頭を置いている、つまり膝枕をされている状態だ。
せめて逆じゃない!?
私が膝枕をするんじゃなくて、なぜ私が膝枕をされているのか。
そして当の本人はいつも通りテレビを見ながら和菓子を食べている。
しかもちゃんと食べかすが落ちないように小皿を持って和菓子を食べている。
これ、ストレス発散できているのか?
「悠ちゃん」
呼ばれて顔を上げると、目の前には可愛いお花の形の和菓子があった。しかもかなり至近距離に。
「はい」
さらにそのお菓子が近づいてきたので、反射的に口を開けると、それは私の口の中に入ってきた。
何度か噛んでみると、程よい甘さ口の眺める広がる。とても美味しい。やっぱり和菓子って最高!
……じゃなくて!
あれ、今私、樹くんに和菓子を食べさせられた?
いわゆる、あーんってやつ!? え? 本当に!? それはやばいよ!?
自分の状況が理解できず、その場でフリーズしていると、
「美味しい?」
「うん……美味しい」
「もう一個、食べる?」
「ありがとう……」
って、だから、そうじゃなくて!
結局、しれっと和菓子をもう一つ口の中に入れられ、私はしばらくフリーズしたままだった。
これで本当にストレスは発散されているのだろうか。わからない。私にはわからないが、本人がこれで満足しているなら何も言うまい。
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