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第115話
翌日。旅館を出て目的地に向かう。
そう、京都といえば舞妓さん。舞妓さんといえば舞妓体験。というわけで、今日は私が舞妓体験をする。
これは本当に楽しみにしていた。人生で一度はやってみたかったし、決めたときはそれはもうテンションが上がった。
「お待ちしておりました。桧原様」
目的地に到着後、さっそく私は着替えるために樹くんとは離れる。とはいえ、ここで重要なのは単に私が舞妓体験をするだけではないということだ。
そう、私たちが予約したところでは男は和装体験ができるとのことで、何と今回樹くんは和装するのである。
そりゃもう楽しみ楽しみで夜も眠れなくなるわけだ。
樹くんとわかれてから、私は着物を選び、その後化粧をしてもらう。鎖骨より下のあたりまで白く塗られ、赤い口紅を塗ってもらう。
着付けをしてもらい、髪の毛はカツラをつけて完成。
鏡に映っているのが自分とは思えなくて、さすがに驚いた。
「すごい……」
ミントグリーンっぽい色の着物に薄いピンクやブルーの花の模様が入っている。見ているだけでもすごくきれいな着物を、自分が着ていると思うと、嬉しくて嬉しくて早く樹くんに会いたくなった。
「男性の方も準備が整いました」
樹くんが待っているという場所までゆっくり歩いて行く。
この姿を見られるだけでも緊張するのに、樹くんが和装姿で待っていると思うと、緊張のあまり足がすくむ。
ほんの少し樹くんの顔が視界に入っただけで、思わず視線をそらしてまった。
やばい。やばいよ。
「悠ちゃん」
「はっ……はい……」
恐る恐る顔を上げるとグレーの和服を着た樹くんがいて、危うく泡吹いて倒れるところだった。
何しろ、あの着物の上からさらに羽織りを着て和傘を持っているのだ。昨日の浴衣とはまた違った大人の色気満開で、視界に留めておくことが難しい。
「どう……かな?」
自分が舞妓さんの格好をしていたことを思い出し聞いてみると、
「きれいだよ」
即答されて涙が出そうになったが、化粧が落ちないように必死で我慢した。
今回は四十五分間の散策と茶室での撮影ができる。私は樹くんに和傘をしてもらいながら、京都の街を歩く。
底の高い下駄を履いているため、ゆっくりしか歩けない。ちなみにこんな高い下駄を履いても樹くんの方が背が高いからすごい。
「いい天気だね」
「そうだね」
緊張のあまりうまく話せない。というかお願いだからこっちを見ないで。和装した樹くんはいつもとは違った輝き方をしている。
こんな綺麗な格好をさせてもらっているのに、鼻の下を伸ばすわけにはいかない。
ときどきカメラマンの男の人から指示があり、立ち止まって写真を撮ってもらう。
また歩いていると、同じく舞妓体験をしている人に会うこともあり、まるで自分が本当に舞妓さんになったかのような気分だった。
そんな中、突然角から現れた外国人二人組に話しかけられた。しかも英語で。
首から下げているカメラを手に持っているところを見ると、おそらく私を本物の舞妓さんと勘違いしているのだろう。
しかし残念なことに私は英語を話すことができない。聞き取るのも怪しいレベルだ。
自分は舞妓さんではなく体験中の観光客だと、どうすれば伝えることができるのか。悩んでいると、
なんと樹くんがペラペラと英語を話し出した。
え、英語喋れたの?
ある程度できるとは思っていたが、まさかこんなに話せるなんて! しかも発音めちゃくちゃいいし。
なんてグローバルなイケメン!
外国人たちは樹くんの説明に納得したらしく、笑顔で去って行った。
「行こうか」
イケメンと書いてイケメンと読むこのイケメンは、どこまで私をきゅんきゅんさせたら気が済むのだろう。
それから時間通りに四十五分間後にスタジオに戻り、茶室での撮影がはじまった。
和傘をさしたり、二人で寄り添ったりと写真を撮っていると、結婚式のときのことを思い出す。
結婚式で和装をしなかったことを少し後悔していたので、こうして着物を着て写真を撮ってもらえることは本当に嬉しかった。
何より、あの写真嫌いの樹くんがまともに写真を撮らせてくれるのだ。こんなに素晴らしいことはない。
すべての撮影を終えて、私は化粧を落としてもらい、私服に着替えた。樹くんの和装というレアな姿を見ることができて本当に良かった。
バスに乗って旅館に戻り、一休みする。
舞妓体験はとても楽しかったが、着物やカツラが重く、おまけに下駄も底が高いので歩くだけで一苦労だった。
おかけで朝は元気だった体はかなり疲れていた。
「疲れた?」
「ちょっとね。でもすごく楽しかった」
「予約して正解だったね」
お茶を飲みながらそう言った樹くんが、急にじっと見つめてきた。
「ん?」
何か顔についてる?
「ううん。そのままが一番きれいだと思っただけだよ」
あまりにもさらっと言うので、私は食べていたお菓子をぽろっとたたみに落とし、そのままフリーズした。
ちなみに撮影した写真は買い占めた。
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