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第117話
京都旅行最終日はのんびり観光することになっていた。
いくつかの神社をバスや周り、見つけたいい感じの雰囲気の喫茶店でパフェを食べる。そして河原で休憩。なんて具合に。
パフェを食べている樹くんは可愛すぎたし、河原に座って青空を見上げる樹くんは、まさに地上に舞い降りた天使だった。
楽しい時間はあっという間過ぎていき、気がつくと帰る時間になっていた。名残惜しいがこればかりは仕方ない。
帰りの新幹線に乗った瞬間、強い眠気に襲われて、そのまま眠りについた。
キャリーケースを引きながら家に着く頃には、すでに日は沈んでいた。
ケースのキャスターを拭いてリビングに入り、片付けるよりも先にソファに座る。
楽しかったけれど、さすがに疲れた。
「ちょっと休憩しようか」
「あ、じゃあ紅茶いれるね」
「いいよ、俺がやるから」
樹くんはソファに座ることなくキッチンに向かい、手際よく紅茶をいれてくれた。
なんて紳士的なのだろう。好きだ。
「ありがとう」
二人で紅茶を呑みながらのんびりする。
家に帰ってからご飯を作る気力がないことは目に見えていたので、夜ご飯も外で済ませてきた。
旅館もよかったけど、やっぱり家が一番落ち着くなあ。
「楽しかったね」
「うん。またどこか行こうね」
なんて、ちょっと欲を出してみる。
「うん。行こうね」
うん、行こうね。だって! 可愛い。可愛い。可愛すぎて思わず足をバタつかせたくなるのを必死で我慢する。
一時間ほどしてそろそろお風呂に入ろうと言う話になった。
「じゃあ、先に入ってくるね」
疲れているときはやっぱりお風呂だよね。しかも旅館で買った入浴剤がある。家で温泉気分を味わえるというわけだ。何とすばらしい。
「あとで俺も入るね」
「はーい」
ルンルン気分で脱衣所で服を脱ぎ、二日ぶりの自宅の家のお風呂に入る。もちろん入浴剤を入れて。
はあ……落ち着く。
温泉もいいけど、やっぱり落ち着くのは家だよね。この緊張のなさというか、気が緩んでも問題ないというか。
それに入浴剤を入れて正解だ。いい匂いがするし、肌にもいい気がする。
腕や足にお湯をかけてちょっとマッサージする。歩き疲れて浮腫んでいたからちょうどいい。
それから肩までお湯に浸かる。すべての疲労と緊張をお湯に溶かして流しちゃうみたいな。あれ、何言ってんだろう。
ぼうっとする頭でぼうっと天井を眺めていると、突然浴室のドアが開いた。
「入浴剤どう?」
いきなり視界に入ってきた樹くんのせいで、自宅のお風呂で溺れるかと思った。
「うん、いいよ……匂いも良くて落ち着くし」
何で入ってきたの!? しかもいきなり! あ、いや、そうか。さっきあとで入るって言ってたわ。
入浴剤に浮かれすぎて聞き流していた。
「そっか。良かったよ」
ダメだ……いつまで経っても慣れない。全然慣れない。今すぐにでも心臓が破裂しそうだ。
できるだけ樹くんを視界に入れないようにして、何とかやり過ごした。
お風呂上がり、歯を磨いて寝室に向かう。
やっぱり家の布団っていいなあ。旅館の布団もふかふかだったけど、やっぱりこの布団が一番いい。
ベッドでゴロゴロと左右に転がっていると、樹くんが寝室に入ってきた。
「悠ちゃん」
なぜかお姫様抱っこをされ、そのまま樹くんのベッドに降ろされた。
!? 何事!? 全くもって理解が追いつかないが、とにかく今幸せなのはわかる。
そして樹くんは私の隣に横になり、掛け布団をかけた。
「一緒に寝よ?」
「は、はい……」
ダメだ……全然眠れない。昨日だって一緒に寝たのに。なんなら旅館だからたたみの上に布団を敷いて並んで寝ていたのに。
家のベッドだからか、旅館の布団よりも樹くんの匂いが強いし何より近い。空間が狭いせいで樹くんとの距離が近すぎる。
おまけにお揃いの部屋着だし。
「悠ちゃん……」
「は、はい……何でしょう」
ベッドに横になっているのに、体はリラックスするどころか硬直している。
何しろ今、樹くんが私の頭を撫でている。頭を撫でている……撫でている……撫でている!? え、撫でている!? 樹くんが、私の頭を!?
「……好き」
「ふえ!?」
何だ……お姫様抱っこからの頭撫で撫でしたうえに「好き」って言うのって何なの!?
今日は特別な日なの!? スペシャル甘えるデーなの!? ゴールデンウィークにそんな祝日あったの!? 誰か教えて……
樹くんは眠いのか私の髪の毛を触りながらも、目がウトウトしている。長いまつ毛が上下し、薄茶色の瞳が見え隠れする。
うわ、宝石じゃん。どうやったらこんなきれいな目になるんだろう。
薄い唇は乾燥知らずでとてもきれいだ。見ているとなんだか吸い込まれそうになる。
じっと樹くんの唇を眺めていると、急に近づいてきてキスをされた。それも、いつもの触れるだけのキスではなかった。
やっぱり今日はスペシャル甘えるデーなのか!?
結局、一年以上経ってもこの家が一番落ち着かないのであった。
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