第11話

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第11話

その日はいつも通り仕事に樹くんを見送ったあと、一週間レンタルしていたDVDを返却しに、レンタルビデオショップに行った。  借りていたのはミステリー映画とラブロマンス系の映画の二本。ついでに約半年前に映画化したホラー映画が、はやくも新作の棚にあったので借りようと思い手に取った。 だがケースの裏の説明を読んでいるうちに、そういえば樹くんの苦手なものがホラー映画や幽霊が出てくるテレビ番組だったことを思い出した。 レンタルした映画はだいたい夜に樹くんと一緒に見る。別に一人で昼間に見てもいいのだが、さすがにホラー映画を昼間から見る気にはなれない。  ……やめとくか。 ホラー映画はやめて同じ新作の棚にあった海外もののアニメ映画を借りた。 レンタルビデオショップを出た後、今日の一番の目的であるとなりの本屋さんに入った。  最近、樹くんのお弁当に入れるものがワンパターンになってきたので、何かもっとインパクトのあるお弁当を作ろうと考えていた。しかし自分で考えるには限界があるので、ためしにお弁当に関する本を買ってみようと思いたった。 毎日の大変な仕事の休憩中に食べるお弁当だし、せっかくなら少しでも美味しいものを食べて癒されてほしいしね。 料理雑誌のコーナーに行くと、お弁当に関する本が想像以上にたくさんあった。シンプルなお弁当のレシピを集めた本からSNS映え狙いの立体キャラ弁の本や本格的な料亭の味のお弁当特集など、単にお弁当に関する本といっても種類がとても豊富だった。 どれを見ても美味しそうだし、参考になりそうな本ばかりだ。その中でも目にとまったのは、「初心者でも出来るキャラクター弁当」という本だった。 美術の中でも特に絵を描くのが苦手な私は、これまでキャラクター弁当というものを避けてきた。紙に絵を描くわけではないとはいえ、ある程度のセンスはいるだろうし、うまくできる自信がなかった。 しかしこれを機に、挑戦してみるのもいいかもしれない。初心者でもできるって書いてあるくらいだし大丈夫だろう。 その甘い考えで本を買ったのが間違いだった。 翌朝、さっそく本を見ながらキャラクター弁当を作ってみることにした。 作るキャラクターはクマだ。昨日借りたアニメ映画の中に出てきたクマが可愛かったので、この本を参考にしながら作ってみることにした。 「キャラクター弁当? 作ったの?」  完成したお弁当を包んでいる間に、樹くんが雑誌を見ながらそう言った。 「うん。初めてつくったから下手かもしれないけど」 「何のキャラ?」 「クマよ。昨日見た映画に出てきたやつ」 といってもその映画は昼間に一人で見たので、樹くんはどんなクマなのかは知らない。でも、まあ、クマなんてだいたい同じだから大丈夫だろう。そう思い、仕事に行く樹くんにお弁当を渡した。 その日の夕方、樹くんはいつもより早く帰ってきた。定時で上がった瞬間車に乗り込んで帰ってきたのだろうか、というくらいの早さだった。 たまたま信号運が良かったのだろうか、と思いつつ、玄関まで迎えに行くと、樹くんが珍しく慌てたような顔で家に入ってきた。 「おかえり、早かったね」 職場で何かあったのだろうか。それとも体調が悪いのかな。少し顔色が悪いような気もする。 「ただいま……」 樹くんはよほど疲れているのか、だらだらと靴を脱いでリビングに向かった。 「大丈夫? 顔色悪いけど、何かあった?」 私もリビングに入り、空のお弁当箱と水筒を受け取ろうとした。 「ねえ、悠ちゃん。もしかして昨日ホラー映画見た?」 仕事で何かあったのか、あるいは体調が悪いのかと思っていたので、予想外の質問に少しだけ反応が遅れてしまった。 「え? 見てないけど」 「本当に?」 「うん。昨日見たのはこれだよ」 テレビの横に置いていた海外のアニメ映画のDVDを見せた。円盤には私がキャラ弁で作ったクマの絵が書かれている。 「そう……か」 ん? ちょっと待てよ。朝、私は樹くんに、昨日見た映画に出てくるクマのキャラ弁を作ったという話をした。で、それを食べた樹くんはホラー映画を見たのかと聞いてきた。 それはつまり……。 「ご、ごめんね。やっぱり明日から普通のお弁当にするから!」 やはりキャラ弁なんて作るべきではなかった。美術の授業を受けなくなって、私は自分のセンスを過信していたのかもしれない。 「ううん。はじめて作ったんだよね。一生懸命作ってくれてありがとう」 ごめんね。樹くん。それたぶん、初めてだからとか慣れてないからとかいう問題ではない。高校時代に美術の授業で私が書いた水彩画について、当時のクラスメイトが何と言ったのか。忘れたわけではあるまい。 きっと無理して食べてくれたんだろう。それでも「一生懸命作ってくれてありがとう」なんて……本当にこの人は神かもしれない。涙が出る。 私はこの日、二度とキャラ弁を作らないと心に決めた。
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