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第118話
楽しい、楽しいゴールデンウィークはあっという間に終わってしまった。
ゴールデンウィーク明け初日は、樹くんを見送ったあとそれはもう一瞬でスルメイカと化した。
だって、ここ数日は朝から晩までずっと一緒だったのだ。それが今は朝早く出て、日が沈むまで帰ってこない。
当たり前のことなのに寂しさで押しつぶされそうである。
とはいえ、何もせずにいるわけにはいかないので、寂しさを紛らわすために全力で家事をする日々を送っていた。
そんなある日、近くのスーパーまで歩いて行く途中、白い車が近づいてきた。
車のドアが開くと、中からはサングラスをかけた見覚えのある女性が現れた。
「お母さん!?」
「久しぶりね、悠」
車から降りてきたのは私のお母さんだった。
「何でここに?」
「学生時代のお友達がこのあたりに引っ越したっていうから、ちょっと顔出しに行ってたの。それより、せっかくだからお茶でもしない?」
というお母さんの提案で、私たちは近くのカフェに入った。
「本当、久しぶりね」
「一年ぶりくらい?」
最後にあったのは去年の五月か四月くらいか。あとはお正月に電話したくらいで、基本的には会っていない。
「そうね。あんた、結婚してから全然実家に顔出さないんだもの」
「毎日幸せいっぱいだからね」
「樹くんとはうまくいってるのね?」
「うん。大丈夫だよ。ゴールデンウィークが終わってスルメイカになるくらいには」
「ああ、そうね。連休明けは辛いわよね。お母さんもそうだった。お父さんってば、平然と仕事に行っちゃうんだもの」
「って言っても、お母さんだって働いてるじゃん」
「そう言う問題じゃないのよ。私は休み明けに仕事に行くのが辛いのに、お父さんはいつも通りっていうのが問題なの」
うちの両親は共働きだ。十八歳で私を産んだ母は二十代後半から就職し、そのまま仕事を続けている。
「私だけ寂しいなんて納得できないでしょ?」
「まあ……それはわかるけど。でも仕事辞めないんでしょ?」
「それはそうよ。仕事辞めたってお父さんは日中いないわけだし。あんたもいないから一人になっちゃうでしょ」
お母さんは運ばれてきた紅茶を飲みながら言う。
「あ、そうだ。お父さん、最近悠の顔見てないから寂しいって言ってたわよ」
「え? そうなんだ」
「そうなのよ。この前なんて酔ったせいでずっと寂しいって言い続けてたから、あなたには私がいるでしょ? って言ってやったわ」
お父さんとお母さんはとにかく仲が良い。というか、正確に言えばお母さんがお父さんのことが大好きなのである。
幼いころから夫婦ベッタリで、それは私が何歳になろうが変わらなかった。
「まあ、でもあんたたちがうまくいってるならお父さんは後回しでもいいのよ。ただ……」
「ただ?」
「愛想尽かされないようにね。あんた昔から甘えるの苦手だし。追いかけすぎないで、樹くんの前でくらい可愛げ見せときなさいよ」
「お母さんに言われたくないけど」
可愛げか……甘えてっていうのは旅行のときに樹くんに言われたばっかりだし、実際そういうことが苦手な自覚はある。
自分としては昔に比べて、だいぶんマシになったと思っているんだけど。
「樹くんに愛想尽かされたら、それはもう人生が終わる時だよ」
「あら、こんなところで娘の惚気を聞けるとはね。ま、あの悠が結婚するっていうくらいの相手だから、あんまり心配してないけど」
「そりゃだって樹くんは天使と宝石のハーフだもん」
「人間要素は消えたの?」
「それくらい輝いてるのよ」
「幸せそうで何より。あんたが結婚して、しかも専業主婦になったって聞いた時は、驚きのあまり翌日から嵐が来るんじゃないかと思って、何度も気象庁に電話したのよ」
いや、それは迷惑にもほどがあるだろう。我が母よ。
「驚いたけど、でもちゃんと専業主婦やって幸せそうだから安心したわ」
「私はずっと幸せだよ」
樹くんと出会ってからずっと、ずっと幸せなんだよ。
「あ、それとこれ。さっきお友達のところに行ったときにもらったんだけどね、お父さんと二人じゃ食べきれないからお裾分け」
そう言ってお母さんは茶色い紙袋をこちらに差し出した。
「和菓子よ。樹くん好きだったでしょう」
「え、やった! ありがとう!」
この和菓子見たら、樹くん喜ぶだろうな。
それから一時間ほど二人で色々な話をしてカフェを出た。
「それじゃあ、またいつでも帰ってきなさい」
「はーい。お土産ありがとう」
「いいのよ。あ、でもね」
「ん?」
「世界一かっこいいのは、お父さんだってこと、忘れないでね」
とびきりの笑顔でそう言うと、お母さんは車に乗り込んだ。
なるほど。世界一かっこいいのがうちのお父さんなら、世界一美しいのは樹くんってことだね。
さすが私のお母さん。よくわかってるじゃない。
白い車が見えなくなるまで見送った後、買い物に行き損ねたことに気がついた。
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