第119話

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第119話

「お義母さんに会ったんだ」 「うん。買い物行くときに偶然ね」  その日の夜はそれはもう全速力でご飯を作った。お母さんと別れたあと、ダッシュで買い物を済ませて、樹くんが帰ってくるまでになんとか完成させた。 「あ、それでね。これお裾分けだって」  夜ご飯のあと樹くんがソファに移動したところを見計らって、お母さんからもらった和菓子を取り出した。 「お礼、言わなきゃね」  ふふふ。予想通り嬉しそうだ。  それにしてもお母さんってば、樹くんが和菓子好きなのよく覚えていたな。  カフェで話していたときは、私が実家に顔出さないというふうに言っていたが、そもそも正月やゴールデンウィークなどの連休のたびに夫婦で海外旅行に行っているため、会おうにもなかなか会えないのだ。  だから樹くんもうちの親とは一年近く会っていない。  ところで、甘えるって何をすればいいのだろう。  お母さんにも樹くん本人にも言われたことだが、未だにどうすれば甘えていることになるのかよくわからない。  樹くんが甘えているなあと感じるのは、抱きついてきたり同じベッドで寝ることになったりしたときだ。  ならば私も樹くんに抱きつけばいいのだろうか。  ……そんなことできるはずがない。  前に出張から帰ってきた樹くんに抱きついたとき、どれだけ恥ずかしかったことか。  それにいきなり抱きつくのも不自然だよね。  室内で手を繋ぐのも違う気がするし、もちろんいきなりキスをすることはできない。  なら、せめて……  勇気を振り絞って私もソファに座り、隣にいる樹くんの肩に自分の頭を乗せてみた。  体が硬直していてまったくリラックスできていないが、とにかくくっついてみることにした。  これならギリギリできる!  すると、ものすごく自然に、そしてあっという間に私の頭は樹くんの肩から膝の上に移動した。  というか移動させられた。  ……ん?? どうしてそうなるの??  恐る恐る視線を上に向けると、当の本人は何事もなかったかのように和菓子を食べている。  ……前にもこんな光景あったな。  あのときはたしか樹くんのストレス発散に付き合うってことでこうなったんだっけ。  ということは、もしかして樹くんは今ストレス発散の真っ只中?  必ずしも、膝枕=ストレス発散とは限らないけどね。  でもゴールデンウィークが終わって、私と会う時間が減ったことによるストレスが溜まってるとか。そうだったらいいのに。  などと、人の膝の上で妄想を繰り広げているうちに、眠たくなってきた。  適温の部屋に樹くんの匂い、テレビの音が心地よくて、気がつくと私はそのまま眠ってしまった。  少し息苦しくて目が覚めた。  目を開けた瞬間、きらきらとした宝石のような薄茶色の目が見えて、ついに天国に来てしまったのかと思った。  きっとこの目は天使の目……そうに違いない。   「起きた?」 「へ?」   え、ちょっと……な、何がどうなっている!?   天使が喋ったかと思うと、驚くほどの至近距離に樹くんの顔があって、本当に驚いた。理解が追いつかない。近いとか言うレベルじゃない。  というか、私何してたんだっけ? 「おはよう」  「お、おはよう……ございます……」  今自分の身に一体何が起きているのか。状況からしてわかるのは、樹くんの膝の上で寝てしまったということ……  え、寝てた? まさか私、樹くんの膝の上で寝てた!? 「えっと、ごめん! 私、寝てたよね!?」 「うん。寝てたけど、謝ることじゃないよ」  天使か? 仕事終わりで疲れているはずなのに、なんて優しいのだろう。涙が出るよ。 「あ、ありがとう……」 「いいよ。それに悠ちゃん可愛かったし。ほら」  ほら? え、ほらって何?  樹くんはテーブルに置いてあったスマホを手に取ると、その画面を私に見せてきた。  そこに写っていたのは樹くんの膝の上で寝ている私の顔だった。しかもちょっと口開いてる。 「はっ!?」  嘘!? 樹くんが私の寝顔を撮ったの!?  そんなことってあるの!? 「珍しかったから」  いや、どんな理由だよ!?  「え、ちょっと待ってこの顔はやばいって!」  慌ててスマホを奪おうとしたが、樹くんがひょいっとスマホを持った手を高く上に伸ばした。  くそ……なんて長くてきれいな手だこと……残念なことにまったく届かない。 「悠ちゃんも俺の写真持ってるでしょ?」 「そ、それは……」  バレてたの?? っていうか、いつどこで撮ったやつがバレたの!? 心当たりしかなくて言葉につまる。 「だって樹くんは可愛いし……」  もはや言い訳にすらなっていない。いや、事実だけど。 「悠ちゃんだって可愛いから同じ」  そ、そんなこと言われたら何も言えなくなるじゃない!  私はスマホを奪い取ることを諦めるしかなかった。  恥ずかしすぎて消してほしかったけど、樹くんが撮ったのだと思うとそれはそれで嬉しかったし、本人が上機嫌なので何も言えなかった。  ちなみにお揃いの部屋着を買ったときにベッドで撮った写真がバレていたらしい。  これからはバレないようにもう少し気をつけようと思う。
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