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第123話
五月下旬の平日、午後。
「だからさ、もしかしたら私と樹くんって前世でも夫婦だったんじゃないかと思うんだよね」
涼風とカフェでお茶をしながら、橋倉さんの披露宴に行ったときのことをざっくりと話した。
ーー俺も世界で一番悠ちゃんが大切だよ
樹くんのその言葉を前にも聞いたことがあるような気がして、いつどこで聞いたのだろうと考えているうちに、もしかして前世でも夫婦だったのでは? という結論にたどり着いた。
涼風の顔は相変わらず引き攣っていたけど、だってそうとしか思えないんだから仕方ない。
「あんた……今世だけでは飽き足らず、ついに前世の話まで……」
「だって、何か気になったんだもん」
「ってか、どうせ元彼かも元々彼に言われたとかでしょ」
「うーん。まあ、たとえそうだとしても、前世の樹くんに言われたってことにしたほうが幸せだし」
「過去を勝手に塗り替えてんじゃないよ」
「あ、でも樹くんって前世は人間より天使っぽいから違うかな」
「すいません。チョコケーキ一つ」
涼風が私の言葉無視して、近くを通った店員さんに声をかける。
「ってか、悩み事があるとか言ってたのはどうなったの?」
「……ある」
「何? 言ってみて」
私が今日涼風を誘ったのは、最近自分の中に密かにある悩みの相談に乗ってもらうためだった。
「あ……うん……その……」
「ん?」
「なんていうか、最近モヤモヤすることが多くて」
「何? ついに倦怠期?」
「違う違う! それはない! 全然ない! じゃなくて、樹くんが女の人と話してるのみると、モヤモヤするっていうか」
「へえ、嫉妬してるわけだ」
「あー言わないで! 恥ずかしいから!」
やっぱり言葉にされると恥ずかしいな。
「いいじゃん。ってか、それくらい普通じゃないの? ましてや結婚してまだ一年半くらいでしょ?」
「それはそうなんだけどさ……」
「もしかして旦那さんはまったく嫉妬しないとか? そんなイメージはあるけど」
「ううん。樹くんはわりと嫉妬する。でもさ、いいんだよ。樹くんは可愛いから。嫉妬してる顔もそのときの雰囲気も何もかも」
「あ、そうなんだ。何か意外かも」
「けど、自分ってなると何か恥ずかしいっていうか」
「まあ、悠って嫉妬とか全然しないタイプだったもんね」
涼風の言う通り、私は昔から彼氏に対して嫉妬をしたことがほとんどない。それは樹くんに対しても同じはずだったのだが。
橋倉さんの結婚式のときに、樹くんが同じ会社の女の人と話しているのを見ていると、ちょっとモヤモヤしてしまった。
でも、会社の人に嫉妬したってしょうがない。仕事なんだし。
わかっているけど、
「会社の人に嫉妬したってどうしようないのにさ。何か自分で自分がやだなあって」
「そういうもんなんじゃない? やりすぎはよくないけど、ちょっとくらいなら可愛いと思うよ? 私だって嫉妬することくらいあるし」
みんなあるものなのか。
涼風に相談して、少しだけ安心した。
その日の夜、樹くんがお風呂に入ったあと、私もお風呂に入ろうとしたのだが。
「あ、下着忘れた」
脱衣所に下着を持ってくるのを忘れたことに気がつき、取りに行こうとした。
しかしドアを開けた瞬間、リビングから樹くんの声が聞こえてきた。
「うん、わかった」
電話かな? 仕事の電話だろうか。
足を組んでソファに座り、タオルを肩からかけたままの樹くんが誰かと話している。
しかもスマホを持っていない手でタオル持ち、軽く髪の毛を拭いている。
そのあまりのイケメンっぷりに思わず出るタイミングを失った。
「でもエリナちゃん、忙しいでしょ?」
ん? え、エリナちゃん? って、誰?
聞いたこともない名前に驚きつつ、お風呂上がりにスマホで電話をしている樹くんの色気が凄すぎて頭の中が混乱してきた。
誰と電話しているか知りたい。でも見なかったフリをしてお風呂に入るほうがいい気がする。でも、お風呂上がりの樹くんを眺めていたい気持ちもある。
……忙しいな。
「それでいいなら、俺はいいよ」
しかも何というか樹くんの声がちょっと優しい気がする。
だって樹くんが下の名前に「ちゃん」をつけるなんて、相当親しい人のはずだ。
学生時代の友達か? もしくは幼馴染みとか?
いや、たとえそうだとしても不倫してるわけじゃないんだし、私が気にすることではない。
私が知らないだけで、仲のいい女友達はいるだろうし、幼馴染みだっているかもしれない。聞いたことないけど。
また胸の奥のあたりからモヤモヤしたものが渦巻いてきて、少しずつ全身に広がっていく。
直接聞けばいいのだろうけど、ちょっと人と電話してたからって、「誰と電話してたの? エリナちゃんって誰?」なんて聞けないよ。
「うん。俺も好きだよ。それじゃあね」
樹くんはそう言うと電話を切った。私は慌てた顔を引っ込めてその場にしゃがみ込んだ。
好きだよって……樹くんが知らない人に好きだよって……
何が起きているのかわからず、とにかく頭の中がパニックで、私はしばらくそこから動けなかった。
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