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第124話
土曜日。今日は樹くんとデパートに来ていた。
ここ最近土曜日に予定が入っていることが多かったので、今日は家でのんびりするのかと思っていたが、意外にも樹くんがデパートに行きたいと言い出した。
昨日の電話の件については結局聞けずじまだった。何しろあの時本来私はお風呂に入っているはずだったのだ。聞けるはずがない。
でも気になる。
樹くんが不倫なんてするはずないし、リビングで堂々あんな電話してるくらいだから、ただの友達なのだろうと頭ではわかっているのだが、やっぱりどうしたって気になってしまう。
「はあ……もう、エリナって誰……」
あまりにも気持ちが落ちつかないので、一旦トイレに行くと言って樹くんと離れた。
気持ちを入れ替えようと鏡の前で深呼吸をしてみるが、なかなかうまくいかない。
……いや、落ち着け。大丈夫。惑わされてはいけない。樹くんは不倫なんてしない。前にシャツに香水がついてたときだって、違ったじゃない。
聞けばいいこと。エリナって学生時代の友達? って感じで。普段の会話通りに聞けばいい。普通に。自然に。
よし、出よう。いつまでも一人でいるわけにはいかない。
何とか気合いを入れ直して、トイレから出た。
「お待た……」
トイレを出て、近くにあるソファに座っていた樹くんに声をかけようとしたが、姿がない。
慌てて周囲を見回すと、少し離れたところに誰かと立って話しているのが見えた。隣にいるのはもちろん私ではなく、夏樹さんでもなく、知らない女の人だった。
遠くからでわかる絶世の美女に、思わず足がすくむ。
あの人がエリナちゃん?
ザ・年上美人という感じで、樹くんと並ぶととても絵になる。
美男美女ってまさにあの二人のことを言うんだなあと頭の隅で他人事のように考えていると、
「あ、悠ちゃん」
樹くんが私に気がつき、こちらに向かって歩いてきた。
待って。どうしよう。こんなモヤモヤを抱えたまま樹くんに会いたくない。
でも自分の気持ちの整理がつかないからって、ここでいきなり帰るわけにはいかない。帰るわかには行かないけど、今すぐにこの場から逃げたい。
どうしよう、どうすれば……!
その場から動けずにただこちらに来る樹くんを見ていると、その後ろから猛スピードで見知らぬ美女がこちらに向かって来た。
「あなたが悠ちゃん!?」
と、勢いよく抱きしめられた。
「!?」
何!? 何が起きてるの!? 何で知らない美女に抱きしめられてるの!? っていうか、あなたは誰!?
「会いたかったあ! もう、本当に! ってか、写真で見る十倍は可愛いわね!」
しかもなぜかハイテンションである。
「え、えっと……あの……?」
「エリナちゃん、悠ちゃんがびっくりしてるから」
樹くんがそう言うと、美女はパッと私から離れた。
やっぱりこの人がエリナちゃんなんだ。でも何で私のこと知って……
「あら、ごめんなさい。あまりにも可愛かったから、つい」
「い、いえ。それでその……あなたは……」
「改めてまして。桧原英里奈よ。よろしくね」
桧原!? ってことはまさか……
「いとこの英里奈ちゃんだよ」
全身から力が抜けて、危うくその場で膝から崩れ落ちるところだった。
英里奈さんと話すために、場所を移動してデパート内のカフェに入ることにした。
「あ、改めまして、桧原悠です……」
「よろしくね。悠ちゃん」
さきほどからなぜか英里奈さんはずっと私の手を握っている。
「ねえ、会うのは来週って言ってなかった?」
樹くんが注文した優雅に紅茶を飲みながら聞く。
「本当はそのつもりだったんだけどね、今日会う予定の友達がキャンセルになっちゃって。それでデパートを歩いていたらたまたま樹を見つけたから声をかけたの」
正直、この二人が並んでいるのを見たときは美男美女すぎて、というかお似合いすぎて帰ろうかと思ったくらいだ。
桧原家の遺伝子って強いんだな。
英里奈さんは樹くんや夏樹さんによく似ているというわけではないが、かなりの美人であることは間違いない。
いとこと言われたらそれはそれで納得だけど、知らない人にカップルだと言ったら、それはそれで納得されるだろう。
「英里奈ちゃん、帰国したの何年ぶり?」
「二年ぶりくらいかな。夏樹とは同じ国にいたらご飯に行くこともあるんだけどね。樹は前に日本に帰国して以来よね」
「そうだね」
「悠ちゃんもごめんね。本当は結婚式も出席する予定だったんだけど、どうしても仕事が外せなくて」
「あ、いえ。いいんです。こうしてお会いできただけでも」
「悠ちゃんのウェディングドレス姿、生で見たかったのに……それだけが心残りだわ」
なぜ、見たいのが樹くんのタキシード姿ではなく私のウェディングドレスなのか。
気になるが深くは聞かないでおこう。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
樹くんがそう言って席を立ったあと、
「ねえ、実は悠ちゃんにお願いがあるんだけどいい?」
英里奈さんはそれはそれは美しい笑みを浮かべて、じっと私を見つめた。
あまりにも顔がきれいだったから、思わずドキッとした。
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