第125話

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第125話

 その日の夕方。なぜか私の目の前には大天使の樹くん、ではなく、絶世の美女が座っている。 「ごめんね、いきなり。でも私、一度でいいからあなたと二人でお話したかったの」  現在、私は英里奈さんと二人で近くのレストランに来ている。  というのも、カフェで樹くんがトイレに行ったあと、英里奈さんが二人で食事に行きたいと言い出した。 「あ、でも樹くんが……」 「いいのよ。ご飯くらい一人で食べれるわ。それに来てくれたら、うちにあるホームビデオの中で、樹も一緒に映ってるやつ送ってあげるから」 「行きましょう! ぜひ!」  前にも誰かに似たようなことを言われた気がするが、まあいいだろう。  というわけで、英里奈さんがトイレから戻ってきた樹くんに対して説明をし、二人でここにやって来た。  樹くんも「英里奈ちゃんとはなかなか会えないからね」と、あっさり了承してくれた。 「でもどうして私と?」  何でこんな美女がわざわざ私をご飯に誘ってくれたのだろう。 「夏樹に写真を見せてもらったときからずっと会いたかったのよ。すっごく可愛いし、それにあの樹が選んだ子だから」  英里奈さんはシャンパンを飲みながらゆっくりと話しはじめた。 「見てたらわかると思うけど、樹って昔から他人に対して興味がないのよね。自分に対してもだけど。おまけに感情表現が苦手だから、ずっとあんな感じでしょ? だから結婚するなんて夢にも思わなかった」  なんとなく他人に興味なさそうだとは思っていたが、昔からだったのか。たしかにアルバムで見た幼い樹くんもほとんど無表情だった。 「結婚するって聞いたときは驚いたけど、それよりすごく嬉しかったの。あの子は弟みたいなものだから」  え、弟みたいって、英里奈さん何歳なんだろう。夏樹さんのこと呼び捨てだから同い年か、もしかして年上? 「仲良いんですね」 「中学までは私も近くに住んでたから」  幼い樹くんの近所に住んでるって、めちゃくちゃ羨ましい。絶対天使じゃん。 「だから余計にね。結婚がすべてとは言わないけど、人生をともにしてくれるパートナーがいるのはいいことじゃない? それがどんな人なのか興味あったの」 「そうだったんですね」  人生を共にするパートナーだって。なんていい響き。私はこれから先の人生ずっと樹くんと過ごすんだよね。考えただけでもニヤけそうだ。 「あなたに会えてよかった。これからもあの子のことよろしくね」 「はい!」  それからレストランで食事を続けながら、英里奈さんと色々な話をした。  帰宅すると、樹くんがお風呂から上がったところで、おまけにとてつもなく輝いていたので帰ってくる家を間違えたのかと思った。 「ただいま」 「おかえり。楽しかった?」 「うん。楽しかった。英里奈さん本当に素敵な人だね」  私はソファに座って少しだけ英里奈さんとの話をした。 「でも初めて見たときは本当にびっくりした。英里奈さんすっごい美人だし」  「? 英里奈ちゃんのこと、写真で見たことなかった?」 「え?」  写真? 嘘。あんな美人、一度見たら忘れないと思うんだけどな…… 「うちの実家に挨拶に来た時」  言われて思い出した。  そうだ。樹くんの実家に行ったときに親族で集まった写真を見せてもらったことがあり、そのときたしかに英里奈さんの写真を見た。  しかし当時の私は写真の中の今よりちょっと若い樹くんにしか目がいかず、英里奈さんの顔は全く見ていなかった。  だってしょうがないよね。写真の中の樹くんは私がどれだけ願ったって、生で見ることはできないんだから。目に穴があくほど見た。一生忘れないように。 「そうだったね。あのとき緊張してからあんまり覚えてなくて」  と、適当に誤魔化しておいた。 「あ、それとこれ。英里奈さんからお土産だって」  本当は友達のために持ってきたらしいが、もともと私たちにも同じものを渡すつもりだったそうで、レストランから出た時にもらったのだ。  樹くんはほんのちょっと嬉しそうに紙袋から箱を取り出した。 「あ、これ」  その箱には見覚えがあった。  たしか以前夏樹さんがお土産にくれたチョコレートだ。 「兄貴が買ってきたことあったでしょ。これ、英里奈ちゃんも好きなんだって。俺も好きだから、これがいいって言ったの。お土産ほかにもいっぱい買ってたみたいだから」 「そうなんだ……って……ん?」  俺も好きって……まさか、このチョコレートのこと!?  電話で言ってたのってことのお土産の話だったのか!?  いや、そりゃ英里奈さんがいとこだと知ったときは、いとこ相手に「好きだよ」って言うのか、とは思ったけどね。  でも海外に住んでる人だからそういうのも挨拶の一つなのだと思っていた。  それがまさかお土産に対する言葉だったなんて。 「悠ちゃん、もしかして嫌いだった?」 「あ、ううん! そんなことない。っていうか、私も大好き!」    いとこに嫉妬したうえにチョコレートに嫉妬してたなんて、恥ずかしくて絶対に言えないよ。
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