第126話

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第126話

 数日後。いつも通り樹くんを仕事に送ってから家事をして、お昼のご飯を食べ終えたころ。  インターホンが鳴った。 「お届けものです」  ドアを開けると宅配のお兄さんがダンボール箱を二つ持っていた。 「ありがとうございます」  荷物を受け取り邪魔にならない場所に置く。二つのうち一つは私宛てだったが、もう一つは樹くん宛だった。  何だろう。今日、何かの荷物が届くという話は聞いていない。中身が気になるが、勝手に開けるわけにはいかないので、部屋の隅に置いたままにしておくことにした。  重要なのは私宛に届いた荷物だ。差出人は英里奈さん。  そう、何を隠そうこれは英里奈さんの幼いころのホームビデオなのだ。当時はよく樹くんや夏樹さんとも遊んでいたため、ビデオには二人が映っていることが多いらしい。  慎重に開封すると、中にはディスクが三枚入っていた。  ①と書かれているディスクをレコーダーに入れる。念のためにテーブルにティッシュとハンカチを用意しておく。  リモコンの再生ボタンを押すと、映像がはじまった。  一枚目のディスクは、水色のスモッグを着た樹くんと、小学生くらいの夏樹さんと英里奈さんが映っていた。  どうやら公園で遊んでいるらしい。 「く……くわ……! か、か可愛い……!」  樹くんだけ背が低くてしかもスモッグを着ている。やばい。これは本当にやばい!  それからも映像は続く。公園で転ぶ樹くん、ソフトクリームを食べる樹くん、椅子に座ると足が届かなくて、ぶらぶらさせる樹くん、飲み物をこぼして泣きそうになる樹くん。  もう見ているだけですべての感情を根こそぎ持っていかれて、ただただ涙しか出てこない。 「も、もう……無理……ぃ……何……天使の戯れ……?」  可愛さが渋滞している。DVD一枚でこれって、あと二枚見たら私はどうなるんだろう。  ハンカチで涙を拭いながら、ティッシュで鼻をかみながら映像を見続ける。  二枚目のディスクにはランドセルを背負った小学生の樹くんが映っていた。しかも驚くべきことに、大変驚くべきごとにランドセルを背負ったまま三人で歌を歌っていた。  まだ喋り方はたどたどしいが、歌を歌うときはとても楽しそうだ。 「これが天使の歌声……」  っていうか、出会ってから一度も樹くんの歌ってる姿なんか見たことないのに、こんなところで見られるなんてっ……  しかも明らかに天使な幼い樹くんの歌声を聞けるなんてっ……今でも天使だけども!  三枚目のディスクでは英里奈さんと夏樹さんが中学生になっていた。  五歳年下だから樹くんだけまだ小学生なの本当に可愛い。しかも体が小さいからかランドセルがやけに大きく見える。可愛さの化身である。  結局、三枚のディスクを見ている間ずっと涙が止まらなかった。  英里奈さんには感謝してもしきれないが、とにかく心の中で五十回ほどお礼を言った。  夜、いつも通りの時間に樹くんが帰宅した。  英里奈さんがDVDのことは秘密ね、と言っていたので、ちゃんと私のクローゼットに隠しておいた。  しかし、 「悠ちゃん、目どうしたの?」  いきなり樹くんの顔が近づいてきたので、そのまま心臓が破裂するかと思った。  恥ずかしいのでそんなに近くで見ないでほしい。  さっき洗面所の鏡を見たので気づいていたが、昼間に泣きすぎたせいで目がちょっと腫れてしまっている。 「あっ、ちょっとね、部屋の掃除してたら目にゴミが入ったんだけど、取れなくて擦っちゃったの」  と、適当に誤魔化す。 「そう。あんまり擦るとよくないよ」 「うん。気をつける。あ、そうだ。樹くん宛に荷物届いてたよ」     部屋の隅に置いていたダンボールを見せる。 「え、ああ、もう来たんだ」  樹くんは少し驚いたようにそう言ってから、ダンボールのテープを剥がしていく。 「何か買ったの?」 「うん。これ」  ダンボールから出てきたのは、なんとドライヤーだった。それも私がずっと前から欲しいと言っていたあのドライヤーだ。 「え、これ……」 「デパートに売ってると思ったんだけどなかったから、通販で買ったの。欲しいって言ってたでしょ?」  ということは、土曜に自分からデパートに行こうと言ったのは、これを買うためだったってこと!?  最近、休みも予定があって忙しかったのに、私がほしいって言ったものを買うために、わざわざ車を出してくれたってこと!?  信じられない事実に開いた口が塞がらない。 「ありがとう……」  やばい。また涙が出てきた。  私は昼間っから隠れて幼い樹くんを見て、終始泣きながらニヤニヤしていたというのに、こんな素晴らしいプレゼントをもらえるなんて。  申し訳なさと喜びで胸がいっぱいになる。 「このドライヤー、髪の毛さらさらになるんだよ。使うの楽しみ!」  樹くんは元からさらさらだけど、私はそうでもないからな。これで少しはマシになるといいんだけど。 「そう? 今でも十分だと思うけど」  樹くんがいきなり私の髪の毛を触りながら、そのまま頭を撫でてきたので、危うくドライヤーを箱ごと足の上に落とすところだった。
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