第127話

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第127話

 飲み会という言葉は、私と樹くんを離れ離れにする悪魔のような言葉である。 「前にレストランで会った人たちだよ。今日は遅くなるから先に寝ててね」 「わかった。楽しんできてね!」  と、強がってみたものの、一人になった瞬間、私はソファと一体化した。  今日、樹くんは仕事終わりにそのまま飲み会に行くらしい。結婚一年記念日のときにレストランで会った学生時代の友達と。  何でもあのメンバーの中の一人が結婚するらしく、独身最後ということで飲み会が開かれることになったとか。  そりゃもう行ってお祝いするしかないよね。でも私は寂しい。口にはしないがめちゃくちゃ寂しい。  しかし結婚して一年半。そろそろ慣れなければならないのはわかっている。  何も毎日のように飲み会に行ってるわけじゃないんだし。 「いやー! でも寂しいー!」  と、ソファにうつ伏せになったまま叫んでみる。  しかも明日が休みなので今日は帰ってくるのが深夜になるかもしれないと言っていた。  仕方ない。仕方ないんだ! 友達との付き合いも会社の付き合いも大事なことだからね。  よし、こうなったらまた英里奈さんからもらったDVDを見よう! そうだ。それがいい。  というわけでクローゼットからDVDを取り出し、レコーダーに入れて再生する。そしてまた同じところで泣く。  DVDを見ていると涼風から電話がかかってきた。私は泣きながら電話に出て、今の状況について簡単に話した。 「ってわけで、寂しいからDVDを見てるの」 「あんた、それ大丈夫?」 「大丈夫だよ。相手は学生時代の友達だし、樹くんは不倫なんてしないし」 「いや、そっちじゃなくて、あんたの情緒を心配してんのよ」 「あ、うん。ごめん、それは大丈夫」  涼風が私のこと心配してくれてるよ。でも明日は休みだし、夜寝て朝起きたら樹くんはベッドにいて一日中一緒にいられるわけだから、そう考えると我慢できる。 「なら、いいけど」 「結婚して一年半経つし、そろそろ慣れないとなあって。あ、今泣いてるのは樹くんの幼いころの映像を見てるからだよ」 「それを見て泣けるのも心配する理由の一つなんだけど」 「それは仕方ないよ。可愛さの塊なんだもん」  と、涼風と話したことで少し気が紛れた。  その日の夜は、いつも通り十一時過ぎに布団に入る。  もちろん樹くんは帰ってきていない。本当なら二時でも三時でも起きていたいところだが、それはそれで気を遣わせてしまうだろう。  というわけで、一人で寝ることにした。    深夜。  物音で目が覚めた。しかもやけにぱっちりと目が覚めた。  どうやら樹くんが帰ってきたらしい。枕元のスマホを見ると、夜中の二時になったところだ。  今すぐにでも飛び起きて一階に降りたい衝動に駆られるが、頭まで布団をかぶり我慢する。  それから三十分ほどして、階段を上がってくる足音が聞こえた。  目も頭も夜中とは思えないほど冴えているが、目を閉じて壁側に顔を向けて寝たフリをする。    ドアが開く音がし、樹くんが入ってきたのがわかる。振り向きたい。でも今振り向いたら起きてるのがバレる。でも振り向きたい。いや、ダメだ。飲み会のたびに私が遅くまで起きて待っていたら、これから樹くんがそういう場所に行きづらくなる。  我慢、我慢。バレないように布団をぎゅっと掴み、そのまま寝たフリを続けていると、  ……!?  なぜか樹くんが私の布団の中入ってきた。しかも後ろから抱きしめられている!?  な……何、何事!?    まさか、酔って寝るベッドを間違えたのだろうか。と思ったが、樹くんからお酒の匂いはあまりしない。  いや、でも飲み会って言ってたし、ちょっとくらい飲んでるだろう。だからきっと酔ってるんだ。そうに違いない。  今すぐ叫びそうになるのを必死で堪えて、寝たフリを続けようとしたが限界だった。  樹くんの腕の中で寝返りうち、つい今起きましたという雰囲気を醸し出しながら目を開ける。 「樹くん……?」  小声で呼びかけてみるが返事はない。 「帰ってたんだね。でも、ベッドこっちじゃ狭いでしょ? それとも酔ってる?」  念のためにもう一度声をかけてみる。仕事のあとそのまま飲み会に行ったのだから、どう考えても疲れているはずだ。  それならちゃんと自分のベッドで眠った方がいい。そりゃ私は一緒に寝たいけどね。一緒に寝たいけど、やっぱりシングルベッドに二人は狭いし、疲れも取れないだろう。  と、思ったのだが……  寝ていると思っていた樹くんが目を開け、 「わざとだよ?」  と、あと数ミリで唇が当たるような至近距離でそう言った。 「……!?」  ここで奇声を発しなかった私を誰か褒めてほしい。本当に。  ちなみにその日の私の記憶はそこで途切れた。
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