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第12話
その翌日、家で昼食を取ったあと涼風とカフェでアイスコーヒーを飲みながら、お互いの近況報告やこの街について話していた。
涼風はこの街のことをまだあまりよく知らないらしいので、美味しいレストランから安いスーパー、腕のいい医師がいる病院などを教えた。
そうは言っても私も結婚してからこの街に来たので、だいたいの情報は宮下一号、二号さんから聞いたものだが。
「ありがとう、助かったわ。新しい街に来ると良いお店を探すのって結構苦労するんだよね」
「わかる。私も引っ越してきた当初はどこの病院に行けばいいかわからなかったし、スーパーも三軒くらいはしごしてた」
「スーパーは特にね。料理は毎日作るものだから、出来るだけ品揃え良くて安いところがいいよね」
「そうそう。毎食のご飯もあるし、お弁当も作らないといけないしね」
「そうなのよね。そういえば悠は毎日お弁当作ってるの?」
「作ってるよ。まあ、昨日失敗したけど」
「失敗? 何か焦がしたとか砂糖と塩を入れ間違えたとか?」
「いや……そのキャラ弁を作ってみたんだけど……」
涼風が飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しそうになった。
「キャラ弁!? あんた……まさか自分の壊滅的な美術センスを忘れたの?」
「いや、まあ……紙に絵を描くわけじゃないからいけるかなと思って」
「で、旦那さんの反応は?」
「……顔色が悪くなってた」
その言葉に涼風はお腹を抱えて笑いはじめた。
「ちょっ……あはははっ! 無理……あんた……それ……ははっ! 嫌がらせじゃん……!」
「笑いすぎだから! めちゃくちゃ反省してるし……」
「ごめん、ごめん。ちょっと高校時代のこと思い出しちゃって」
涼風は高校のころのことしか知らないが、私の美術的センスの無さは小学生のころからだ。とはいっても小学生のときは周りのみんなも絵が下手だったから、さして目立ちはしなかった。しかし中学生になってから、その美術的センスの無さが群を抜いて目立つようになった。
美術の授業で友達の似顔絵を描いたときは、その友達に泣きながら「私のこと嫌い?」と聞かれたり、有名な彫刻を模写したときは、先生に「寝ながら描いたの?」と聞かれたりした。
高校のころに至っては、私が描いた水彩画があまりにも怖すぎて、クラスメイトたちから「呪いの水彩画」と言われていた。ちなみに当時描いたのは猫である。
涼風いわく単に下手なだけではなく、見た瞬間恐怖を覚えるレベルのヤバい絵なんだとか。
おかげて周りからは「絵を描く神経が死んでる」とか、「絵心がない」のではなく「絵心が呪われている」とか言われていた。
美術の先生も作品だけ見たら五段階評価中一だと言っていた。たぶん授業態度や出席日数に問題がないので二にしてくれていたんだと思う。
「そのキャラ弁の写メとかないの?」
「あるよ」
バッグに入れていたスマホを取り出し、昨日の朝、完成したときに撮ったキャラ弁の写メを見せた。
「……事件現場……じゃないよね?」
涼風が口元を手で押さえながら、まじまじとスマホの画面を見ている。
「雑誌を見ながらやったんだけどね……」
正直なことを言うと私の絵が下手なのは、事実半分、周りが誇張してる半分だと思っていた。
多分ちょっと人より下手だからみんな面白がってただけなんじゃないかって。 しかし昨日の樹くんの反応を見て、誇張でもなんでもなかったと今になってわかった。
自分でもどうしてこうなるのかはわからない。めちゃくちゃ真面目に作ってるし、完成したときも初めてにしてはうまくいったんじゃない? と思っていたくらいだから。
「キャラ弁は二度と作らないって決めたから……」
「そうね……それが最善策だよ。怒られなかっただけ良かったね」
「一生懸命作ってくれてありがとうって言ってくれたの」
今思い出しただけでも涙が出るわ。それもちゃんと完食してたし。
「良い旦那さんじゃない……」
もちろん今日はいつも通りのお弁当を渡した。私が「今日はキャラ弁じゃないよ」と言ったときの、樹くんの安心した顔が忘れられない。
「樹くんは私の光だから……」
「その言葉、今理解したわ……」
私はそっとスマホの画面を元に戻し、待ち受けの樹くんとのツーショットを見て癒された。
それから二人ともコーヒーの追加を注文し、三時間近くぺちゃくちゃとお喋りをした。
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