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第128話
翌日。
朝起きたと思ったが、すでに昼前だった。慌てつつ、私のベッドで眠っている樹くんを起こさないように、慎重に布団から出た。
すぐにご飯を用意し、再び寝室に戻る。まだ電気は消えたままだが、カーテンの隙間から差し込む日の光のおかげで少し明るい。
そしてその差し込む光が、私のベッドで上体を起こしたまま気だるそうにしている樹くんを照らしている。
どうやらつい今しがた、我が家に天使が舞い降りたらしい。
「おはよう」
「……はよ」
うわ、気だるそうなのも色気があっていい! と喜んでいる私はもう色々と末期なのかもしれない。
「樹くん、大丈夫?」
「うん。大丈夫……」
とは言うものの、樹くんはベッドから降りようとしない。心配になって近寄ってみると、そのまま体を引き寄せられ、すっぽりと樹くんの腕の中に収められた。
「ちょ……!」
「今日はこのままがいい」
耳元で、いつもより弱々しい声がする。
「え?」
いや、そりゃ私だってこのままがいいけど! そんなこと言ったら、私本当に張り付いたまま離れないよ? 持ち前の握力で体にしがみついたまま生活するよ?
「樹くん、疲れ取れてないんでしょ」
私がそう言って樹くんの顔を見ると、小さく首を縦にふった。
「うん……」
素直に頷くなんて、なんて可愛いのだろう。
「ちょっと体だるいかも」
「寝てていいよ。休みなんだから」
べつに決まった時間に起きなきゃいけないわけじゃないし。
「悠ちゃんもここにいる?」
「ん?」
何だって?
樹くんがじっとこちらを見つめてくる。やばい。やばいやばいやばい。可愛い……可愛い。かわいい。トッテモカワイイ……!!
「いるよ。でも私がいたら寝づらくない?」
「大丈夫」
何が大丈夫なのかはよくわからないけど、本人がいいならそれでいいか。
それにしても深夜に樹くんが帰ってきたときはお酒の匂いはほとんどしなかったが、あんな時間まで空いているお店って居酒屋くらいだよね。
ずっと飲まずにいたのかな。シラフで深夜まで居酒屋にいるって、樹くんの性格上しんどそうだけど、友達といたらそうでもないのかな?
「そういえば昨日はずっと居酒屋にいたの?」
ふと気になって聞いてみると、意外な返事がきた。
「ううん。居酒屋に行ったあとカラオケに行ったの」
へ? 今、カラオケって言った? え、カラオケってあのカラオケ? 空のオーケストラ略してカラオケのカラオケ?
「え? 樹くんってカラオケ行くの?」
っていうか、歌、歌うの!?
「普段は行かないよ。でも昨日はみんな行くって言うから」
ず、ずるい……!
だって昨日会ってたのって学生時代の友達でしょ?
ただでさえ学生時代という、二度と見ることのできない美しい青春時代の樹くんを何年間も生で見ているのに、さらには樹くんの歌声を狭い空間で何時間も聞ける人生なんて、前世でどれだけ徳を積めばよかったの?
もはや私は前世からやり直すべきなの?
羨ましいこと、このうえない。
「いいな……」
あまりの衝撃と羨ましさに、本音を口に出してしまった。
「え?」
樹くんが驚いたように少しだけ目を見開く。
言ってしまったのなら仕方ない。だって羨ましいもん。本当に。
「樹くんの歌、聞いてみたい……」
嫁からの今生に一度の願いだ。私も樹くんの歌声を聞きたいし、歌ってる姿が見たい!
「じゃあ……明日行く?」
「いいの!?」
想像もしていなかった提案により、私は人の腕の中にいることを忘れて、思わず陸に打ち上げられた魚のようにバタバタしてしまった。
「でも俺、歌上手くないよ?」
歌が上手いとか下手とかそういう問題ではない。技術なんてどうでもいい。樹くんの歌を聞くことが重要なのだから。
「いいの。一緒に行きたいだけだから」
まさか明日にこんな楽しみができるなんてね。今から興奮して夜眠れるか心配なくらいだ。
「楽しみー!」
あ、また心の声が出ちゃったよ。今日はダダ漏れだな。
「俺も楽しみ」
そういうと樹くんが私を抱きしめる力が少しだけ強くなり、思わずドキッとする。
それにしても何で樹くんってこんないい匂いなんだろう。同じ家に住んでるんだけどな。
この匂いと腕の温もりに包まれて死ねるなら、それも本望……
って、そうじゃなくて!
「あ、ご飯冷蔵庫に入れてないや」
樹くんがすぐ起きてくると思っていたので、テーブルに料理を並べたままだ。しかしここで二度寝するなら冷蔵庫に入れておくべきだろう。
「作ってくれたんだ。じゃあ、降りるね」
そう言うと、樹くんは私を離してベッドから降りた。
「あ、でも大丈夫?」
「うん。悠ちゃんのご飯食べたら元気出るから」
そう言うと、天使はすぐに寝室から出て行った。
「ん?」
え、今あの人なんて言ったの?
ちょっと日本語が難しすぎて理解できない。おかしいな。私、いつからこんなに理解力を失ったんだろう。
「悠ちゃん?」
結局、私は下から樹くんに呼ばれるまでその場でフリーズしていた。
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