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第130話
ハッピーバースデー私!
誕生日当日。それはもう最高に幸せな時間が約束されていた。
何しろ樹くんが有給を取ってくれたのだ。もう幸せをかためて丸めてその中に潜り込んだような気分だった。
「準備できた?」
「うん!」
しかも今日は何と映画デートである。もちろんただの映画デートではない。結婚前に樹くんとはじめて一緒にデートした日に見た、あのSF映画の続編を観に行くのだ。
あれはSF映画のわりに結構幽霊が出てくるので、続編は一緒に見に行けないだろうと思っていた。
それがまさかの樹くん自らチケットを取ってくれたのだ。
「いいの? あの映画けっこう幽霊出てくるけど」
「うん。悠ちゃん一緒だし」
なんてことを天使のような顔で言われ、喜びのあまり胸が張り裂けるかと思った。
平日ということもあり、映画館はさほど混んでいなかった。ポップコーンとドリンクを買ってシアターに入る。暗いせいで樹くんの顔がよく見えないが、こればかりは仕方ない。
せっかくチケットを取ってもらったのだから、今日はちゃんと映画を楽しもう。実際、楽しみにしていたので、私は上映がはじまってすぐに映画の世界にのめり込んでいた。
しかしいざはじまって一時間ほど経つと、とにかく幽霊がたくさん出てくる。私は問題ないのだけれど、樹くんは大丈夫なのだろうかと心配になってきた。
と、そのとき、肘掛けに置いていた手に樹くんの手が重なった。
反射的に隣を見ると、樹くんは前を向いているものの、ときどき目をぎゅっと閉じたり視線をそらしたりしている。そして大きな音がしたときは、私の手を強く握りしめる。
……は? 可愛いすぎない??
思考が停止した。脳のすべての動きを停止させて樹くんを見る。
やっぱり苦手なままなんだ! そうだよね。一年やそこらで克服できるものじゃないのね。ということは、怖いのをわかったうえでこの映画のチケットを取ってくれたんだ。
あまりにもじっと見ていたせいで、樹くんが視線に気づき、こちらを向いた。
あ、やば。ガン見してたのバレたよ。
「終わるまでこのままでいい?」
内緒話するみたいに耳元でそう言われたせいで、危うく出血死するところだった。鼻血の。
思わず天を仰ぐ。真っ暗な天井を見ながらも、右手に伝わってくる熱に意識をもっていかれる。
映画が怖いからって手を握るなんて反則だよ……
本当に上映が終わるまで手を握られたままだったので、私は途中から映画の内容が頭に入ってこなかった。
「面白かったね。ラストも想像してたのと違って、すごい良かった」
「うん。最後は衝撃だったね」
怖がりながらもきちんとストーリーは追っていたらしく、映画館を出てから二人で感想を言い合った。とはいえ、私は半分くらい覚えていないのだけれど。
それから二人でデパートに行き、ぶらぶらとウィンドーショッピングをする。
「あ、このパンプス」
思わずお店のショーケースの前で立ち止まる。そこにはアイボリーのパンプスが飾られていた。
前にたまたまネットで見つけて可愛いなあと思っていたものだ。しかし値段を見て顎が外れるかと思ったので、買うのは諦めた。
「中、入る?」
「ううん、大丈夫。あっち行こ」
中に入ったら欲しくなる。貯金がたまったらそのときに買おう。そう決めて別の店に入った。
その日は外食ではなく家で夜ご飯を食べることにしていた。何が食べたいか聞かれたので、樹くんの手料理をリクエストしたのだ。
もちろん樹くんの料理は天才的に美味しい。どこの三つ星レストランにも負けない美味しさと感動がある。
おまけに食べたかったケーキまで買ってくれた。これはもう最高の極みではないだろうか。
夜ご飯とケーキを食べ終え、しばらくの間幸せの余韻に浸る。
今日は最高の一日だったな。いや、樹くんが隣にいる時点で常に最高を更新しているんだけど。
「ねえ、悠ちゃん」
ソファに座ってのんびりテレビを見ていると、食器洗いを終えた樹くんに声をかけられた。
「何?」
「俺がいいって言うまでちょっと目を閉じてて」
「ん?うん、わかった」
言われるがままに目を閉じると、突然くるぶしを掴まれた。
何!?
反射的に目を開けそうになるが、まだ「いい」と言われていないので、目を開けてしまわないように我慢する。
何をされるのかドキドキしていると、足に何かを履かされた。
「いいよ」
言われて目を開けると真っ先に視界に入ってきたのは、私の足元に跪く王子様……じゃなかった、樹くん。
そして足には……
「誕生日おめでとう」
「こ、ここここここれって……」
私はデパートで見たアイボリーのパンプスを履いていた。まるでシンデレラにでもなったかのような気分だ。
「似合ってるよ」
「樹くん……!!」
自然と涙が溢れる。樹くんと出会ってから涙腺がガバガバになってしまった。プレゼントもらうたびに泣いてたら世話ないよね。でも嬉しくて嬉しくて仕方ない。
「ありがとう……!」
「悠ちゃんって結構泣き虫だよね」
そう言って樹くんが私を抱きしめ、背中をポンポンと叩いてくれる。
「だって、樹くんがいつも嬉しいことばっかり……」
してくれるんだもの。こんなに幸せでこんなに泣いてしまうのは、本当にあなたといるからなんだよ。樹くん。
それから泣き止むまで樹くんは私を抱きしめてくれた。
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