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番外編:桧原樹には秘密がある①
結婚して一年以上経つが、俺は一つだけ悠ちゃんに隠していることがある。
「町内運動会?」
「そう! 西牧さんと涼風に誘われたの。せっかくだから出てみようなって」
夕食後、悠ちゃんが洗い物をしながら、町内の運動会に参加したいと言い出した。そういえば、来週の日曜に町内の運動会が開催されるというチラシがポストに入っていた。
運動が好きな悠ちゃんなら、きっといい息抜きになるだろう。
「いいんじゃない」
「本当! やった!」
あとで涼風に連絡しなきゃ、と楽しげに洗い物をする悠ちゃんを見て、町内運動会に参加する姿を想像してみる。たぶん、徒競走はぶっちぎりの一位だろう。玉入れは一人で二十個くらい入れてそうだし、騎馬戦に出たら、全チームのはちまきを取ってそうだ。
「悠ちゃん、何出るか決まったら教えてね」
「うん! ……って、もしかして樹くん、見に来てくれるの?」
「うん。だって日曜日だし」
騎馬戦で全チームのはちまきを取る悠ちゃんを見てみたいし。騎馬戦が種目の中にあるのかは知らないけど。
「樹くんが見に来てくれるなら、尚更頑張らないとね!」
「楽しみにしてる」
もちろん俺は出るつもりはない。運動は嫌いではないが好きでもない。それに俺が出ると言ったら、悠ちゃんに心配されそうだし。
町内の運動会は近くにある中学校のグラウンドを貸し切って行われる。当日は暑すぎず寒すぎず、ちょうどいい気温だった。
種目は徒競走、玉入れ、二人三脚、障害物競走、綱引き、騎馬戦、チーム対抗リレーだ。悠ちゃんは徒競走と玉入れ、障害物競走、騎馬戦とチーム対抗リレーに出るらしい。
「たくさん出るね。頑張ってね」
グランドの端にブルーシートが敷かれ、赤組、白組に分かれて座っている。ジャージを着た悠ちゃんは数字の一が印字されたゼッケンをつけている。
「うん! 頑張ってくる!」
俺と悠ちゃんの隣には坂宮さん夫婦が座っている。夫婦揃って出場するらしい。悠ちゃんたちは額に赤いはちまきを巻いて、グラウンドの中心に集まった。去年は白組が勝ったらしく、今年は赤組が勝つとみんなで円陣を組んでいた。
朝の九時に町内運動会がスタートした。第一種目は徒競走だ。悠ちゃんの出番は一番目らしい。
「位置について、よーい、ドン!」
一斉にスタートし、三メートルほど走ったころから悠ちゃんが先頭に出た。そしてそのまま二位と大差をつけてゴールした。
ゴールテープを切った瞬間、清々しい笑みを浮かべてガッツポーズをしている。可愛い。ちなみに悠ちゃんの友達の坂宮さんは二位だった。
「悠、アンタ相変わらず速いわね」
「ありがと! いや、でも久しぶりに全力で走ると疲れるね」
二人で話をしながらブルーシートに戻って来る。すぐにクーラーボックスからミネラルウォーターを取り出して悠ちゃんに渡す。
「お疲れ。悠ちゃん、速かったね」
「樹くん! ありがとう!」
それから次の種目が始まるまで、坂宮さんから悠ちゃんの学生時代の話を聞いた。高校時代、五十メートル走は七秒台だったらしく、体育祭のリレーではだいたいアンカーを任されていたんだとか。
徒競走のあとは玉入れだ。今度は悠ちゃんと坂宮さんの旦那さんが出場する。二人を見送ったあと、坂宮さんがぼそっと呟いた。
「玉入れも勝てると思います。旦那にはちゃんと必勝法を伝えてるんで」
玉入れに必勝法などあるのだろうか、と思ったが、坂宮さんが自信満々なので、きっとあらかじめ効率よく玉を入れる作戦なんかを立てたのだろう。
「それでは、玉入れを開始します!」
スターターピストルの音が鳴ると同時に、下に置かれていたいくつもの玉が宙を舞う。悠ちゃんは何度もジャンプしながら一気に三つの玉を入れている。
その近くで坂宮さんの旦那さんが地面に散らばった玉を集め、すばやく悠ちゃんに渡している。
「悠の玉入れの命中率はすごいので、余計なことしないであの子に玉を渡すように言ってあるんです」
なるほど。たしかに複数人が玉を投げると、空中で玉と玉がぶつかることがある。だから命中率の高い少数で投げたほうがいいのだろう。
玉入れは白組に圧倒的大差をつけて赤組が勝った。
「二人ともお疲れー!」
「お疲れ様」
二人がブルーシートに戻って来る。
「本当、桧原さんの命中率すごいですね」
「ありがとうございます。坂宮さんが玉をたくさん渡してくださったので、とてもやりやすかっです」
玉入れのあとは障害物競走だ。障害物競走は、ハードル、網潜り、平均台、ぐるぐるバッド、ピンポン玉運びをやるらしい。
これには坂宮さん夫婦は揃って出るらしく、三人でスタート位置に向かった。
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